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私が狂ったのはいつからであったのか。
今ではその記憶は鮮明にある。

私が通う幼稚園には障害者で体の弱い女の子がいた。私はその子のことを特別に好いて一緒に遊ぶようになった。そしてその子の家に遊びに行った時に問題は起きた。「そこで何をしている。いいから早く帰れ」意味も分からずそのように怒られたことを覚えている。「一緒にあの玩具で遊びたいんです」「いいから帰れ。もう二度とうちの子に近づくな」そのように言われ、手を強くひっぱられて外へ追い出されて私は帰路についた。私の両親曰く「あそこの人たちはおかしいから近づかないほうがいい」とのことであった。私にとってそれがはじめての拒絶であったので私は茫然としてしまった。そして彼女は私に会っても笑わなくなり私を避けるようになった。愚かで自分を必要としてくれる存在ほど愛おしく独占したいという彼女の両親の気持ちも今では冷静に分かるつもりではある。自分たちが悲劇の中にあってその外部を憎む気持ちもあったのかもしれない。ただ、当時の私には意味の分からない出来事であった。このように冷静にふりかえることができるようになったのも今朝の話である。

幼稚園の時に乱暴な男がいた。その男の存在が許せなかったので私は殴りかかった。
そのときひっかかれて頬の肉がそがれ、その欠落がまだうっすりと私の顔には残っている。

同様に年中組をいじめている年長組の二人組がいた。その二人が間違えていると思ったために喧嘩を売って体格差からひどいしっぺ返しをくらった。

小学生のときにハサミを投げたことばかりに気をとられていたが、私はその前から異常であった。

これが隠されていた、隠していたというよりかは私の中で整理がつかなくて言葉にできていなかった私という存在の原初のアイデンティティを成立させた出来事の群である。



平和と正義あるいは友愛という己が当然に現実であると思っていた幻想は暴力によって続けて打ち破られた。あるいはそれを幻想であると思うような行動を起こしてしまったところに私の問題があり、……最も問題であるのは子供を育成するために必要であるはずの自分だけを必要とする存在を強く求めるという利己的な他者への愛情までも悪いものであると否定してしまったことにある。そのような欲望を強く否定するようになってしまっていた。私の人生において一番最初に私が何を望んでいたのか。それを私は忘れてしまっていたらしい。忘れていたというよりかは理解しないように努めていた。私が何かしらを間違えたために彼女は私から離れていったのだと強く思っていた。弱き彼女を求めたその感情とそこから出た行動がすべて悪かったのだと思い込んでしまった。悪い学習をしてしまったものだと今になって思うが、今これを書いているという事実がその学習をもはや繰り返さないという決意の表明でもある。