今年のNHK大河ドラマの「光る君へ」もいよいよ佳境に入ってきて、まひろ(紫式部)が藤原道長の娘「彰子」(一条天皇の中宮)の女房として宮中に参内し源氏物語を書く話が進んでいます。この源氏物語をきっかけにして、それまで疎遠だった一条天皇と彰子の間に男子が誕生し(後に、後一条天皇と後朱雀天皇になる)、藤原道長を頂点とする摂関政治の全盛期を迎えることになるのですから、この歴史そのものが何ともドラマチックです。

まだ武士が台頭していない平安時代中期(西暦1000年~1100年くらい?)に紫式部によって書かれた源氏物語(全54帖)は、原本は残っていないそうで、いろいろな写本版をベースに現代語訳本が多く出版されています。そして、その200年くらいあとに作者不詳の「平家物語」が登場します。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・」で始まるこの平家物語は、平安時代末期のいわゆる源平合戦を主題にしていますが、「おごる平家は久しからず」という言葉や、壇ノ浦での平家滅亡にいたる話の数々が、何ともはかない琵琶の音と平家語りの雰囲気とともに思い起こされます。FM TANABEの講談風ラジオドラマ「弁慶記」もこの平家物語に深く関わっています。

源氏物語については、まだ与謝野晶子による現代語訳本しかない昭和初期に、英国のアーサー・ウエイリー(大英博物館学芸員、1889 - 1966)が、英訳本(The Tale of Genji、1926 – 1933)を出版して、これにより源氏物語が世界に流布したというのは驚きです。このウエイリー版・源氏物語について、今月のNHK「100分de名著」で解説されている能楽師の安田登さんが、9月19日に上尾市で開催予定の「能に観る源氏物語」というセミナーで講師を務められます。

 


源氏物語と平家物語は、タイトルだけだとちょうど対をなしているようにも思えますが、実際には描いているものが全く違います(前者は「光源氏」を中心とする平安貴族と恋の話がベース、後者は源平合戦を中心とする軍記物語)。ただ、それを能という観点から見ると共通点も多くあります。源氏物語や平家物語をベースにした「能」は大変多く作られています。(平家物語を題材にした能が一番多くて20作ほど。次に多いのが源氏物語で10作ほど)

 


私は今、「源氏供養」という謡を稽古中(上尾出身の能楽師・梅若泰志さんが師匠)ですが、この能は、源氏物語でいろいろ不謹慎なことを書いた?紫式部が死後に地獄に堕ちたと巷で言われていたそうで、そんな紫式部を救うために、その亡霊を供養するという内容です。能の世界では、不本意ながら滅びた平家や源氏の武将なども多く供養されていますが、あの世で苦しむ人々の精神(霊)の救いを目的とする幽玄の能は、癒やしの地の熊野にも通じる重要な日本の伝統芸能だということをあらためて強く感じています。