先日(4月8日)、NHKテレビ「歴史探偵」で放送された「吉野の桜」という番組、大変興味深く観ました。
そもそも有名な吉野の桜(ヤマザクラ)は、奈良時代に役行者(えんのぎょうじゃ、634 – 701)が吉野山中で厳しい修行の末に「蔵王権現」の姿を取得し、それを桜の木に彫って金峯山寺(きんぷせんじ)の本尊として祀ったことから、吉野山では桜がご神木として手厚く保護されることになったとのこと。それ以来、吉野山は、歴代天皇や藤原道長(966 -1028)などの権力者が聖地として訪問しただけでなく、人形浄瑠璃や歌舞伎の世界でもたびたび取り上げられ(「義経千本桜」や「妹背山婦女庭訓」など)、さらには、後醍醐天皇(1288 – 1339)が京都の北朝に対抗して、吉野で南朝を設立するなど、政治の舞台としても大きな役割を果たしてきました。
そんな中、現在、NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」でも主役の一人である秀吉(1537 -1598)が天下を取ったあとの全盛時代に、吉野山に各地の大名など5000人を招待して五日間にわたって花見イベントを行ったとのこと。その中ではいろいろな余興も行われたようですが、最終日には、秀吉がこの日のために創作させた新作能「吉野詣」が披露され、自らが「蔵王権現」の役を演じて、子役が演じる秀吉に対してその治世を賛美するといういわゆる自画自賛の能が上演されたとのことです。秀吉は、この能以外にも、いろいろな能を創らせて、それ以外の古典能も含めて、自ら主役(シテ役)を演じるなど、能への造詣は大変深かったようです。
秀吉だけでなく、信長や家康も含めて当時の歴代の武将が能を好んだ背景には、戦国の武士の時代に多くの命が理不尽に失われてきたことに対する鎮魂の意味もあったのでは?とも言われています。
吉野山と言えば、和歌山県ゆかりの歌人(元は北面の武士)である西行(1118-1190)が吉野を大変気に入って、その山中に移り住み、多くの花の歌などを残していることも忘れてはなりません。
このように、役行者や西行ともゆかりが深い吉野山は、熊野古道も含めて、2004年から紀伊山地の霊場と参詣道として世界文化遺産に指定されていますので、紀州ゆかりの私としても、桜の季節に是非とも訪問してみたいものと願っています。
最後に、吉野山ではないのですが、この4月初めに訪問した田辺市にある高山寺(南方熊楠や植芝盛平のお墓があります)の桜の写真を添付させて頂きます。



