最近、夏目漱石(1867 - 1916)が、これまでとは少し違った視点で注目を浴びているようです。今年2月に熊本市にユニークな「夏目パージアム」(パーソナリティとミュージアムをかけた造語)がオープンし、そのことが先日(26年5月10日)の日経新聞日曜版(NIKKEI The STYLE)でも大きく取り上げられていました。
また、今年3月には、NHK「英雄たちの選択」で、下記のような番組が放送されました。
今のように世界の情勢が不安定になってきて「国家」がクローズアップされている時代に、あえて夏目漱石の「個人」(体制に縛られない自由さ)を大事にする姿勢に注目した番組で、大変興味深く観ました。その中で、特に、漱石が和歌山県新宮市を中心にした大逆事件(1911年1月に新宮グループ6人が有罪判決を受けた国家による冤罪事件)のあとに和歌山県を訪れ、和歌山県議事堂で「現代日本の開花」という演題で講演会を開いたことも紹介されていました。
漱石と言えば、南方熊楠と東大予備門で同級だったことは有名ですが(どちらも1867年生まれ)、熊楠が英国に滞在していた(1890 - 1900年9月)直後に漱石が日本の国費留学生として英国に滞在(1900年10月 - 1902年)したことも興味深いです。漱石は英国滞在時代に孤独感や英国人への違和感などを強く感じて、日本国への報告書作成を拒否しました。一方で人生や国家、個人などへの思索を深めて、帰国後に東大教職を経て朝日新聞社時代に「我が輩は猫である」「坊っちゃん」「三四郎」「それから」「こころ」などの名作を次々に生み出すことになりました。
昨年、東京の地下鉄早稲田駅の近くにある「漱石山房記念館」(2017年開館)を初めて訪問したのですが、漱石は、この地で最後の9年間を過ごしたとのこと。その当時の書斎や客間の様子も復元されていて、晩年の漱石の生活と小宮豊隆などの漱石を囲む弟子達との勉強会(木曜会)の自由闊達な議論の雰囲気を想像することができました。
和歌山県にゆかりのある者として、熊楠の「神社合祀反対運動」などの強い信念に基ずく活動とともに、漱石が目指した個人を大切にする生き方(自由さ)を考えてみることも価値あることとあらためて思う次第です。


