時を遡ること30年(前?)
家族でヨーロッパ旅行をすることになったとき、
母が提案したのはプラハ、ウィーン、ブダペストの旅でした。
“ドナウの真珠”だって~と。
しかしその頃私はプラハもブダペストも知らず、
何?ブタ🐖?そんなとこ聞いたこともない、
私はドイツのノイシュバンシュタイン城に行きたいー!
と主張.。
結局、ドイツロマンチック街道、スイスユングフラウ、パリという定番のツアーに決定。
それはそれで良くて、ハイデルベルクを歩いた時には「ここに留学したい~」と思うほどその街並みに心奪われたし、ローテンブルクを散策したときには、なんて可愛い街なんだろうと心躍ったりしたのでした。
その後、私の趣味は海外ツアーのパンフレットを読み込むこととなったのですが、
そこで初めてプラハの街の美しさを知り・・
こんなに美しい街だったんだ・・マミー、ごめんね、と
私もプラハを訪れたい気持ちが強くなっていくのでした。
母は何かあるたびに、プラハに行きたかった、と口惜しそうにするし、
いつの日か一緒に行けたらな、、
とずっと考えていたところ、
2019年夏、
母も私もほぼ同時期に、お互いドンピシャのツアーを発見!
それがH神航空Fツアーの、『ザッハーに泊まる美しき中欧三都物語』
だったのです。
憧れのザッハーに、ブダペストでのドナウ川ナイトクルーズ、そしてもちろんプラハ観光
加えてフィンエアービジネスクラス
ブダペストではグンデルでの食事や国会議事堂見学、ウィーンでは国立オペラ座でのオペラ観劇も含まれていました。
2020年3月のツアーを申し込んでからは
二人でキャーキャー言いながらツアーを楽しみにしていました
ところが、あのコロナが、、、
泣く泣くキャンセルし、夢に終わったね、、と本当にガッカリしたのでした。
そうこうするうちに、母はどんどん年老いてくるし、持病は悪くなる一方だし、
もう一緒に行けないかも。。という気持ちも強くなっていきました。
そんな中、昨年5月、母は夜中に救急車で運ばれることに。
また8月には母の兄弟も亡くなり、
今行かないと、もう行けないと思うけど、
行かない?と誘ってみると、
母も思い切って行ってみようか・・?と。
これまでコロナと体調の悪化を警戒して渋っていた母がその気になってくれて、思わず
と天にも昇る気持ちになりました。(が、一方で、現地で何かあったら誘った私のせいだ、と最後まで不安と緊張が消えませんでした)
夫はもともと中欧にはあまり興味はなかったのですが、
今回母との海外は最後になるかもしれないとのことで、
プラハ行きの計画を了承してくれることに。
ここから私の怒涛のような(←これはオーバーかもしれませんがほんとにそんな気分でした)中欧行きの準備が始まったのでした。。
つづく。。