久しぶり過ぎる投稿だ。
あれから引越しや父の他界、姉との絶縁など
色々あった。
薬の副作用で、20kg太ってしまった。
クソッタレ。ファッキン。
だけど、運動なんで出来ずに、
ここ1ヶ月は、ほぼ寝たきりの日々を
過ごしている。
前回の診察の時の主治医の言動に
傷ついてしまって、トラウマだ。
まだ時間がそんなに経っていないが、
血は治まっても、ヒリヒリした所が
膿んできている。そんな感覚だ。
それから、ずっと映画を観ている。
ずっとドラマを観ている。
海外刑事ドラマや、ホラー映画。
邦画もいくつか観た。
Happyな話や、心温まるヒューマンドラマは
寝たきりになって苦手になってきた。
自分が無い、空っぽに感じるようになってから
テレビの向こうでは個性豊かな人物達が
四苦八苦しながら人生を、その命を生きている。
私は、その活躍を道路脇で見ている
浮遊霊の様だ。
特に鬱がひどい時、ホラー映画が観たくなる。
答えが明白だからだ。
悪魔だったり、悪霊だったり、
悲惨な被害を受け、壮絶な闘いをして、
「それ」は一体何なのかをを探るのはもちろん
大変だが、敵はこの世のものではないと
いうことがハッキリしている。
それに安心感を覚える事を自覚してきた。
だけど、私たち生身の人間の日常は、
当たり前だが、正解も無ければ
何かが視える人達も、稀な存在だろう。
人は、SNSなどを見漁って、
自分と他人を比較して、羨んだり、妬んだり。
それは24時間365日行われていると思う。
つい先月くらいまで、私もそうだった。
だけど、また一つ何かが私の中で
プツンと途切れてからは、
羨むこと、妬むことへのエネルギーが
確保出来なくなった。
自分が持つ人間感覚に、
ほとほと疲れてしまった気がする。
疲れたし、なんと言うか、付いていけないのだ。
生き霊を飛ばすことなども、相当なエネルギーを
必要とすると聞いたことがあるが、
これはそういう事の一種なんだろうか。
ちょっとキモい方向に話がいってるのは
自覚するが、ふと思ったのだ。
要するに、人間同士で羨んだり、妬んだり
するのは、それなりに自分にフォーカス
出来ている状態なんだと思う。
歪んだ状態であれなんであれ、自分というものに
こだわりを持てている。理想がある。
成りたい理想像があり、実現したい未来がある。
皆何かしら手に入れたいものがある。
だからこそ、羨んだり妬んだりしながらも
実現、実行に向けて努力したり、
中には蹴落とし合戦も
繰り広げられているんだろう。
それはある意味健康なことだと思う。
良い意味でも悪い意味でも、
とても人間らしいとさえ思ってしまう。
今の私には、そういったエネルギーも、もう無い。
別に被害者面をしたいわけではない。
私も思春期や20代の時、自分の欲に
忠実であり、自分という人間を謳歌していた。
ただ、あの時代が懐かしく、
遠い遠い過去の様に感じてしまう。
アルバイトが終わって、自宅で
化粧を直し、パンクファッションに身を包み、
1人気ままに居酒屋で飲み食いして、カラオケで
好きなだけ歌いまくり、UFOキャッチャーで
ぬいぐるみを取りまくり、大満足で帰宅する。
接客業は得意な方だったし、バイトだけど、
評価してもらえると、やりがいも生まれた。
バイト仲間と話しをするのも
とても楽しかった。
怖い先輩からのイジメも、今はいい人生経験。
とは言えない。まぁまぁ不幸でいてくれと思う。
子供の頃は、この生まれ持った気質の影響で
皆勤賞とは無縁だったが、
大人になって初めて皆勤賞を取った時は、
自分のことを初めて誇らしく思えた。
毎月実家に、まともな生活費を入れられたり、
両親に何か買ってあげられた時も嬉しかった。
なんだか、まるで別人の人生みたいで、
もはや前世なのではないか。
10数年前の日常だが、そのくらい、
遠い遠い過去に感じてしまうのだ。
やっぱり被害者面したいのか。
かわいそうだと言われたいやつが書く
文章な気がしてきたな。
だけど、今はこれが私である。