夫の愛情 | うゆのをかし日々

うゆのをかし日々

いとをかし日々を見つけたい。

 

 

時々、夫の娘に対する愛情に泣ける時がある。

 

 

 

 

子どもを産む前、私は不安だった。

夫が生まれてきた子どもをちゃんと大人として愛情深く関われるのか、と。

 

 

夫は良くも悪くも冷めている。



私がふざけても静観し、もう終わった?とか平気で言う男だ。



 

子どもの発達にはコミュニケーションやスキンシップは欠かせない。

歌やダンスなど、脳の刺激になるような大人の関わりが求められる。

 

 

夫にそんな保育的な関わりができるのか。

ましてや異性の子どもを可愛がり、言葉にして愛情表現してくれるのか。

想像がつかなかったのである。

 

 

 

しかし、子どもが生まれてからの夫の様子を見ていると、そんな不安は杞憂であった。

 

 

 

この盆休み、娘は夜1人でも寝ることができるようになった。

寝室へ行き、私が退出しても1人でコロコロ転がって自然に寝てくれる。

 

1週間のうち、寝かしつけは夫と半々くらいで分担しているのだが、

私が担当している時にその事実を知ったのだ。

 

私は嬉しかった。娘が寝るのを待ってから家事や持ち帰りの仕事をするのはしんどすぎる。


最初から1人で寝てくれるならば、その間に私は他のことができてありがたい。

 

嬉々と夫にその事実を伝えた。

 

「ねえ、◯◯ちゃん1人で寝るよ」

「寝室に連れて行って、1人でも寝れる?って聞いたら、ウン、ヒトリでネルーって言うからさ」

「ちょっと1人にしてみたんだよね!!そしたら10分くらいで寝たんだよ!」

 

「・・・なんか寂しいな」

「俺はいつまでも◯◯ちゃんと寝たいよ。」

「俺はあの寝かしつけの時間が好きなのに、、、」

 

 

私はそんな彼の反応に感銘を受けた。



 

彼はいつも物事の合理性ばかり気にして生活しているので、寝かしつけの時間なんて無駄な時間だと思っているのではないか。

そう思い込んでいた。


でも彼は、寝る前の娘とのコミュニケーションの時間を大切にしていたし、愛していたのだ。

 

 

そしてまた、先日こんなことがあった。

 

 

娘は紺色や黒色の靴しか持っていない。

 

紺色や黒色の靴の方が汚れが目立ちにくいし、どんな服にも合わせやすいと考え、色のついた靴を買う勇気が私にはなかった。

 

私はファッションにおいて冒険ができない。。


 

 

しかし少し前から夫がお出かけしている最中に

 

「◯◯ちゃんに色のついた靴を買ってあげたい」

 

みたいなことを頻繁に言うようになった。

 

 

この夏、娘に黒色のサンダルをしょっちゅう履かせていた。


私的にはどんな服にも合うし、いいなあと思っていたのだが

どうやら夫はそう思っていなかったようだ。

 

 

じゃあどんな色の靴がいいの?

んー白とか、ピンクとかさ、もっと女の子っぽいのがいい気がする。

 

 

私は驚いた。

夫がそんなことを気にするなんて。

娘のファッションを真剣に考えている。


 

どーせ汚れるし、黒でいいじゃんとか平気で言うタイプのはずでは。。。

 装飾よりも利便性を重んじるタイプだったはずなのに、、。



 

 

そしてついに先日。


私が休日に仕事があったため、夫は娘を連れて出掛けていた。

 

私が帰宅して、ダイニングテーブルを見ると

 

ピンクのそれはそれはかわいらしい靴と、うさぎの顔がついた長靴が置いてあった。

 

 

 

「どう?かわいいだろ」

とドヤ顔。

 

 

ちゃんと足のサイズも測ってもらい、娘と一緒に決めて買ってきたのだという。

 

私はまたもや

 

ジーンとした。

 

別に親なんだから当たり前だろと言われればそうなのだが、、

理由はわからないが、ジーンと嬉しくなったのだ。

 

 

普段世話をしないから、嬉しかったとかそういう話ではない。

 

普段から世話をしているし、可愛がっているのだけれども

なんかわからんが娘に対する夫の愛情がほっこりして私まで幸せな気持ちになった。

 

 

 

 

ちょっと暗い話をぶち込むが、、

私は父親に物心がついてから可愛がってもらったことがない。

 

心からこの人は私のことを愛しているんだと感じたことは一度もなかった。

それに対して疑問も持たなかったし、寂しいとかもなく父親ってそういうものなんだと思っていた。

 

しかし、自分の見える範囲が広がるに連れ、男親だからそっけないことはあっても

娘のことはちゃんと大切に想っている、というケースも多く目にするようになった。

 

そうなると、自分の父親にも違和感を覚えたし、当然自分もそんな愛情が欲しかったと感じてしまう時期があった。

でもないものはない、渇望しても手に入らないものはある。

 

自分の中でそう折り合いをつけて生きてきた。

 

 

しかし、娘を愛情深く可愛がる夫を見て、なぜだか私も、過去に自分が父親からもらえなかった愛情をもらっているような気分になっている。

 

変な話だが、そんなふうに感じてしまう私がいる。

 

 

満たされなかった幼少期の私が、満たされていく感覚。

不思議である。

 

 

私も夫に負けないくらい娘を大事にしたいぜ。