さて、石段を下りて行くのは容易だが、もう一度ここを戻って車を取りに帰るのは楽じゃないぞ。
それでも民芸店などを見かけるとちょいと覗いてみたくなる。
子供用の下駄が可愛らしい。
伊香保温泉
石段の町下駄売りて夕薄暑 裕子
ふとこんな句が出来るのだからさすがだ。
翠さんのお友だちが温泉饅頭の老舗で働いているそうで、ちょいと寄り道をしたりする。
―今日は金子兜太氏の句碑まで行ってそこで待ち合わせとしましょう。
小鳥来る全力疾走の小鳥 兜太
石段街のちょうど中腹の公園脇に句碑を見つけた。
振り返ると石段に与謝野晶子の詩が刻まれている。
伊香保の街 大正4年 与謝野晶子
榛名山の一角に、段また段を成して、
羅馬時代の野外劇場の如く、
斜めに刻み附けられた 桟敷形の伊香保の街、
屋根の上に屋根、部屋の上に部屋、
すべてが温泉宿である、そして榛の若葉の光が
柔らかい緑で 街全體を濡らしてゐる。
街を縦に貫く本道は 雑多の店に縁どられて、
長い長い石の階段を作り、伊香保神社の前にまで、
Hの字を無数に積み上げて、
殊更に建築家と繪師とを喜ばせる。
夕薄暑の街の石段を振り返れば、湯上りの浴衣姿の一行がそこを登って行った。自分も一息深呼吸をし、今来た石段を登り、車を取りに戻った。石段の先の坂道の石垣は赤錆が浮いたように付いていた。その下に雪の下が可憐な花を咲かせていた。
ゆ
出湯の街の石垣の錆雪の下 悠人
来た道を戻る労苦も一句出来ればよしとしよう。
そうして皆を車に迎えると、今夜の宿秀水園へと向かった。
旅館に着く頃には、もう陽が翳りはじめていた。
欄干に夕日の届き河鹿笛 しのぶ
―今日はいっぱい歩きましたね。
―まずはお風呂で汗を流したいわね。
句会は食後に10句提出ということにし、それぞれの部屋に分散した。
夜の句会には、先に記した句などが出て、一日観てきたものを皆で振り返った。ここでは省略させて頂く。
男2名が同室で休んだ。それぞれの俳句を始めたきっかけなど語り合っていると、あっという間に時が過ぎる。翌日の予定もあるので…と程々に切り上げて床に着いた。心地よい疲労がすぐに眠りへと誘ってくれた。
1日目終了。
次号より2日目に入ります。