俳句というのは、言葉によるスナップ写真であり、スケッチであるといつも思っている。そこには季語があり、季節の折々の景色がある。


自分は自由律俳句はやらない。というよりも出来ないというのが正しい。ただ、時折、心に迷いが生じたりしたとき、ふと心に響く言葉は自由律の俳句だったりする。


今日、入院している父親を見舞った。割と元気にしていたので、それほど心配しているわけではないが、出掛けに開いた俳句本の種田山頭火の句がずっと鳴り響いていた。



なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく


おもひつめたる心の文字は空に書く



同じことの堂々巡りの考えの日もあれば、それらを空に解き放ちたい…そんな気になる日もある。今日はまさにそんな晴れの一日だった。

茨城の病院までは片道2時間強はある。ちょっとしたドライブだ。青い空を感じながら車を走らせた。田舎へ向かう道は師走の喧騒をしばし忘れさせる。深呼吸をし、「迷う心は空に放て。思いを強く持て」と自分に言い聞かせてみた。




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