それはまだ私が若かりし頃の夏の日の出来事だった。前日の夕方、突然ヒデから電話があった。


「おい、悠人、
 明日、海行こうぜ!

 A子もE美も誘ったからさ!」


「おいおい、今日の明日はよしてくれよ!前にも言ったじゃないか。

 俺が夏中家業手伝いって知ってるだろ?」


「そうか?やっぱ、悠人は無理だったか?そりゃ残念だな。

じゃ、また誘うからさ…」。
ヒデの声は、残念というより、どこかしら自慢気な色を帯びていた。

10代最後の夏だった。何か思い出めいたことでよかったから欲しかった。そういう意味では友人たちに数歩も遅れている気がして、焦燥に駆られている自分を否応なしに感じていた。


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前日未明に通り過ぎた台風は、湿った風を海から呼び込み、空を見上げると、からっとした感じなのだが、風はべたべたとまとわりついた。


…奴ら、今ごろ楽しくやってるんだろうな…。

そう思うとむしゃくしゃした。「若さ=愚かさ」という公式を地でいっていた私は、その日の午前の仕事を終えると、軽トラックに乗り、ほんの10分先の川までやって来た。


…くそっ!

苛立ちながら石ころを蹴った。川は先の豪雨のため、水かさを増し、流れも速かった。それでも、対岸には一群の男たちが川に入り遊んでいる。


…えぇい!

自分も川に飛び込んだ。火照った身体と頭を冷すには、十分すぎる程の冷たさだった。そして、川の流れは予想以上に速く、あっという間に大きな力に押し流された。


…溺れる。…溺れるってこういうことか!?

波はうねり、覆い被さり、嫌と言うほど水を飲んだ。私は川の本流と支流とが合流するところまで一気に流されていた。すると次の瞬間、何ものかが自分の足を掴んで川底へと引きずり込んでいくではないか!?

渦に巻き込まれたのだった。


人は死地に至ると走馬燈のように記憶や思考が脳裏を過ぎると言うが、それは本当のことだ。

以下は、その数秒の間に自分が思ったことである。


…あぁ、こうやって人は死ぬのか?

…自分の命ってなんだったのだろう?

…明日の朝刊の地方欄に、きっと「台風一過の川で水死」などの見出しの下に、死亡記事が載るだろう。

…両親は悲しむだろうか?涙を流すのだろうか?

…ヒデや、他の友人は?…あいつらは「バカなヤツだ」って心の片隅で笑うだろうか?


そんなことを考えていた。すると、生きることを諦めきっていた身体は、今度は渦の逆流に巻かれ、一気に川面へと押し上げられた。


…あ、助かった。



《つづく》


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