峠の朝は早い。さっそく朝風呂に浸かりに行った。温泉宿のいいところは、何時でも風呂に入れることだ。まだどこも寝静まった朝のひとときを風呂に浸かり、言葉をひねる。湯守のえびす像からふつふつと湧き出る温泉を無心で見つめた。頭がまだ回転しないようだった。風呂を上がると、旅館の下駄を借りて外をぶらりと歩いてみた。
小鳥のさえずり、川の水音、眩しい太陽…。人間は自然に育まれて生きている。育まれて生きているのだが…。昨日の地震のことが気になった。
宿に戻り、ロビーに置かれている冷水を飲みつつ、しばし佇んだ。クレーの絵に谷川俊太郎の詩が添えられている絵本が置いてあり、インスピレーションを貰おうと絵本を捲った。言葉にならない無数の言葉…そんなものが胸の内を走っていった。冷水を飲み干して部屋に戻ると、富四郎さんが起きてテレビを見ていた。まだニュースの時間にもなっておらず、落語をやっていた。噺家というのは言葉を巧みに扱うものだと感心しながら少し笑った。
6時になるとニュース番組で昨日の地震の報道が始まった。被災地の方々の救助、避難所での様子などが刻々と伝えられ、改めて被災者への悔やみの思いと、人知では御しえぬ地球の、自然の力の脅威を感じた。
そうこうしているうちに朝食の時間を迎え、膳に着いた。やはりご飯が一味違う。魚沼産コシヒカリ、雪深い国の清らかな水で育った米はやはり美味い。
―それじゃ、そろそろ朝の句会をやるよ。
裕子さんが音頭をとると、皆、帰り仕度を整えて部屋に集まった。朝から頭が回らない…。そう言いつつも皆それなりに句が出来るのだから大したものだ。
*この、朝の句会と午後の句会のものとは後ほど列記させて頂くことにする。
句会を終えると、旅館内の歴史資料館を見させて頂いた。
昔のスキー板が入口に立て掛けられていた。
小説『雪国』にもスキーの様子が描かれてるが、こんな板で駒子も滑ったことだろう。
写真は明治の初めの頃の三国峠の宿場だそうだ。雑踏の音の聞こえてきそうな気がした。
…メリンスの着物、江戸後期から明治のころの銭、昔の家庭道具など所狭しと並べてあった。それらが、この土蔵にしまわれていたのだそうだ。
宿の先代の女将が挨拶に来て、いろいろと昔話を語ってくれた。
由緒ある旅籠に嫁して、いろいろ苦労があったでしょう?と訊ねると、
―嫁の仕事は、まずは子育てと老人の世話、…それもすべて皆に助けられてのことですからねぇ。
…あとは、泊まりに来て下さる方、ひとりひとりに心からご挨拶させて頂く…それだけのことですよ。
それしかしてません。
雪国の、凛とした強さを内に秘めた老女の謙虚な言葉に感心しつつ、身の引き締まる思いがした。
さて、今日は小説『雪国』の舞台巡りである。
こちらもクリックしていただけると励みになります。