本日開催の「ゆず」の『トビラ』ライブ!!
本当に楽しみなので、勝手に考察です
「ゆず」にとって『トビラ』とは...
1.25年前:『トビラ』とは…乗り越えるカベ
(1)アルバム『トビラ』:混迷の記録と「カベ」への挑戦
2000年11月にリリースされたゆずの3rdアルバム『トビラ』。
前作『ゆずえん』の大ヒット、初のスタジアムツアー成功という輝かしい実績の直後に発表され、チャート1位を獲得しました。
しかし、このアルバムは、それまでの「ゆず〜」というセルフタイトル的な冠を外した「意欲作」という単純なものではありません。むしろ、当時の彼らの「混迷の記録」そのものであり、ゆずの歴史の中で最も重く、暗い影を落とす作品として知られています。
(2)「暗黒期」と北川悠仁の葛藤
『トビラ』が制作された2000年前後は、まさしくゆずの「暗黒期」でした。
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急激なブレイクとパブリックイメージという「カベ」:
デビューからわずか2年で、「夏色」「サヨナラバス」などのヒットにより、彼らは「爽やか」「青春」「応援ソング」の象徴となりました。しかし、路上からスタジアムへと急変した環境と、先行するパブリックイメージは、彼らにとって乗り越えるべき「トビラ」である以前に、**ぶち当たった巨大な「カベ(壁)」**でした。 -
北川悠仁の「やさぐれ」と苦悩の爆発:
特にリーダーの北川悠仁さんは、このギャップに深く苦悩します。当時のインタビューでは「『ゆず』という存在が自分たちから離れていく感覚」を語り、精神的な不安定さは目に見える形でも表れました。
前年あたりから楽曲に「毒」を忍ばせるようになり、ビジュアル面でも突如金髪にするなどイメチェンを図っては戻すといった落ち着きのない行動(今でいう「やさぐれ」)が見られました。そして、その内面的な葛藤、苛立ち、苦悩の全てが爆発したのが、今作『トビラ』です。
(3)『トビラ』に刻まれた「カベ」を壊す音
このアルバムのタイトル『トビラ』は、前向きに新たな世界の扉を開けようという希望よりも、「この状況から今すぐ飛び出したい」「目の前のカベを何とかぶっ壊したい」という、悲痛な叫びや焦燥感として響きます。
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攻撃性と内省の極致:
北川さん作の「何処」や「仮面ライター」では、エレキギターをかき鳴らし、社会や自身への苛立ちを叩きつけます。一方で「幸せの扉」や「ねぇ」では、救いを求めながらも出口が見えないような、痛々しいほどの弱さや内省が描かれます。 -
Mr.Children『深海』期との類似性:
この、人気絶頂期にアーティストが内面的な苦悩を作品に色濃く反映させる構図は、しばしば Mr.Childrenの『深海』や『BOLERO』の時期に例えられます。どちらも、パブリックイメージとの乖離や、メガヒットによる重圧から生まれた、リスナーを突き放すほどに重く、暗い名盤です。『トビラ』は、まさしく「ゆず版『深海』」とも言える立ち位置のアルバムでした。 -
デュオゆえの奇跡的バランス:
ただ、ゆずがMr.Childrenと決定的に違ったのは、「デュオ」であったことです。
北川さんが「陰」の極みに沈む中、相方の岩沢厚治さんがその役割を逆転させます。普段はシニカルな楽曲も多い岩沢さんが、本作では「飛べない鳥」「日だまりにて」といった、メロディアスで「陽」の役割を担う楽曲を提供。もちろん「ガソリンスタンド」などで彼らしい冷静な視点も保ちつつ、結果として、北川さんの「壊したい」という衝動と、岩沢さんの「普遍性」が同居する、いびつでありながらも奇跡的なバランスの作品が生まれました。
(4)「暗黒期」を乗り越えた先
多くのアーティストが、デビュー後の急激なブレイクによるプレッシャーという「カベ」に直面します。
ゆずと同時期に鮮烈なデビューを飾り、フォークデュオとして人気を二分した19(ジューク)のように、そのプレッシャーやメンバー間の音楽性の違いといった葛藤を乗り越えられず、人気絶頂期に解散という道を選んだアーティストも少なくありません。
ゆずも、この『トビラ』という「カベ」に潰されていてもおかしくありませんでした。しかし、彼らはこの「暗黒期」を作品として吐き出し、互いのバランス感覚で乗り越えました。この経験が、彼らを一過性のブームで終わらせず、人間の弱さ、痛み、そして光を歌うことのできる、息の長い「国民的アーティスト」へと押し上げる決定的なターニングポイントとなったのです。
2.現在:『トビラ』とは…未来へのトビラ
ゆずが『トビラ』リリースから25年という節目に、あえて「暗黒期」とも評されたこのアルバムのリバイバルツアー(「YUZU LIVE 2025 GET BACK トビラ」)を行うことには、非常に深く、多層的な意味が込められています。
彼らがこのタイミングで『トビラ』と向き合う理由は、単なる懐古(リバイバル)ではなく、現在のゆずにとって、そしてファンにとって必要な「過去との対話」であり、「未来への再出発」の意志表明だと考えられます。
(1) 過去の「暗黒期」の肯定と再解釈
最も大きな理由は、「あの時期があったからこそ、今のゆずがある」という過去の全肯定だと考えられます。
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葛藤の克服: 当時は、急激なブレイクによるプレッシャーやパブリックイメージとのギャップに苦しみ、精神的に不安定な「暗黒期」でした。しかし、25年という歳月を経て、その苦悩や葛藤を客観的に振り返り、「それも自分たちの一部であった」と受け入れ、乗り越えたという自負があるのでしょう。
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「弱さ」の受容: 『トビラ』に詰め込まれた「暗さ」「攻撃性」「弱さ」は、当時の彼らの本心(リアル)でした。そのリアルな感情を隠さず作品にしたという事実は、彼らのアーティストとしての核を形成する重要な要素です。その原点を今、改めて肯定することに意味があります。
(2) 「現在のゆず」による『トビラ』の再構築
今回のライブは、単なる「再現」ではないとされています。これは、「25年のキャリアを経た今の自分たちなら、このアルバムをどう表現できるか」という挑戦です。
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「GET BACK(取り戻す)」の意味: ツアータイトルにある「GET BACK」は、単に過去に戻るのではなく、当時の「初期衝動」や「反骨精神」、作品に込めた「痛み」や「熱量」を、現在のスキルと精神性を持って"取り戻す"という意味合いが強いと考えられます。
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表現の円熟: 当時は若さゆえに荒々しく、不器用な形でしか表現できなかったかもしれない葛藤を、円熟した「現在のゆず」がパフォーマンスすることで、楽曲に新たな深みと説得力を持たせることができます。当時の痛みを、今は「強さ」として表現できるようになった証とも言えます。
(3) ファンとの「25年間」の共有
『トビラ』がリリースされた当時、ファンの中にもまた、ゆずと同じように青春時代の葛藤や社会人としての悩みを抱えていた人々が多くいたはずです。
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共に歩んだ証: 25年が経ち、ファンもまたそれぞれの人生で様々な経験を積み、歳を重ねました。ゆずが今あえて『トビラ』を掲げることは、「あの頃、一緒に悩んだよね」「お互い、色々なことを乗り越えて今ここにいるね」という、ファンとゆずの「25年間」を共有し、絆を再確認する行為でもあります。
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未来へのメッセージ: 当時の葛藤を肯定することは、「あの時の苦しみや悩みは無駄じゃなかった」というメッセージになります。それは、今まさに悩みを抱えている若い世代のファンにとっても、力強いエールとなるはずです。
(4)アーティストとしての「核」の再確認
キャリアを長く続けると、良くも悪くも安定し、円熟していきます。ゆずは今や国民的アーティストとしての地位を確立しました。
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安定への「揺さぶり」: そんな今だからこそ、あえて最も尖り、内省的だった「暗黒期」の作品に向き合うことは、自分たちの原点(=単なる爽やかなデュオではない、人間の痛みや葛藤を歌うアーティストであること)を再確認する作業です。
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未来へ向かうための「トビラ」: 『トビラ』は当時、彼らが次のステージへ進むための「扉」を探し苦しんだ記録でした。25年後の今、再びこの『トビラ』と向き合うことは、ゆずがこれから先の未来へ進むために、もう一度自分たちの核を見つめ直す、新たな「トビラ」を開く行為であると推測されます。
3.まとめとして
今回のリバイバルツアーは、過去の「暗黒期」を清算したり、単に懐かしんだりするためではありません。
それは、過去の苦悩や葛藤を「現在の強さ」として昇華させ、25年間支えてくれたファンと共有し、これからのゆずが進むべき未来へのエネルギーへと変えるための、積極的で力強い「意志表明」なのだと考えられます。
※文章はAIにより編集しています



