昨日、「軍師、官兵衛」の「男の覚悟」の一場面を見て、自分に置き換えて考えてしまいました。
豊臣秀吉に切腹をさせられる千利休が石田三成に語った会話(事実は本当かどうか知りませんが)で
三成が「豊臣家のための天下国家」と語ったのに対し、
利休が「天下国家のために、豊臣家があるのでは」と返答した。
実際はどうだったかわからないが、会社に置き換えて考えてみて、「地域社会・お客様・社員のために、会社がある」と考えなければならない。・・・・あらためて感じました。
会社設立は、個人的な知り合いに保証人(その方は夫婦喧嘩になりました)をお願いし、あらゆる金融機関に融資をお願いし、運転資金の足りない分は生命保険から借金する形で、ある意味身体を張っての創業だったので、どうしても「会社」は自分のもの、と鼻から思っていました。
同友会に入会しても、この意識は長い間変わらず、少しずつ少しずつ肌で感じながら変化はしているが、今も会社の多額の借金の保証人を、私がほとんど、残りは家内(専務)、次男(常務)背負ってる現在、まだまだその根底には、「会社」は自分のもの、と意識は残っていると言うのが本音です。
しかし会社を創業し社員を入れた途端、「会社は地域社会・お客様・社員たちのもの」と考えなくてはなりません。創業14年にして、同友会で学んで13年でこの程度です。
会社は“社会の公器”と言われます。
私の経営の軍師である、H氏のブログから・・・
内容は、「経営者の覚悟」について
(以前も会社が苦しいときにどうするか、という話をしたことがあります)
「顧客満足とか従業員満足とか言うけれど、普通は、まず自分が落ち着いて(安心して生活できて)、その上で、人を満足させるものだと考えているんですけど、自分は貧乏しても、社員さんやお客様のために何かをする、と言えるというのは「覚悟」の差ですかね?」
と聞かれました。
私は、自分が貧乏しても、人のために何かをしてあげた方が、結果としては自分も楽になることを、自らの経験として知っているからできるのかもしれませんが、もしかしたら「自己中心」や「見栄」を卒業することが、経営の第一歩なのかもしれませんね。
・・・・とあります。ここが彼と私の大きな違いだな、と感じます。
私は、本当に「一歩先は死ぬ」と言う思いは、幸か不幸か未経験な分、苦しさも喜びも中途半端なのでしょう。
「大病を患う」「会社を倒産させる」「投獄される」しないと、大成しない、誰かが言った言葉だが本当にそういうことかもしれない。人間どんなに考え頭で理解しようと努力しても限界があり、実際体験しないと腑に落ちないのかもしれない。
イエローハットの創業者で「日本を美しくする会」の鍵山秀三郎氏が、若い時に受けた理不尽な仕打ちによって「つまらないプライド」を捨てることができた、と語っている。いつも氏のぶれない信念と強さとしなやかさを感じていた私は、これだ、と思ってうなった。
利休、H氏、鍵山氏に共通する「強さとしなやかさ」は簡単にまねできるものではないが、いろんな場面に直面しながら「逃げずに真正面から“覚悟”を決める」ことにあるのではないか、と思う。
まだまだ甘い私には、まだまだ幾多の苦難が襲ってくるだろが「経営者の覚悟」を持って真正面から受け止めて行くしかないと思う。今の苦難も、しっかりと受け止め、自分の成長につなげ、必ず乗り越えてみせる!