「第2回大阪マラソン」“51分”短縮の「4時間37分」でゴール! | Elvis John kobayashiのブログ

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 2012年11月25日午前9:00、大阪城・大阪府庁前、日本晴れの快晴の中、

「第2回大阪マラソン」は3万人のシティランナーが参加して始まりました。


 昨年の「第1回大阪マラソン」は、それまで膝痛で走れなかった5年間のくやしさ

を払拭し、明日への「ランニング人生」の希望の灯を再び点灯してくれた。しかし過

去10回ほどの完走の中では「5時間28分」と言う最低記録を作ってしまい、今の

私の実力なりに「もう一度納得のいくレースをしてみたい」との思いは日増しに強くな

り、今年もその思いに願いを込め、「ダスキンランナー」に再度申込み、連続出場と

言う幸運を勝ち取ったのです。


 昨年はぶっつけ本番で、自分の実力が分からず、後半大失速してしまいました。

今年は時期が1ヶ月ずれたために、10月21日の「出水ツルマラソン」にエントリー

し「4時間50分」で完走。今の実力では目標の「4時間30分」は可能であると判

断。問題点は「後半の失速」にあり、一つは余裕のある前半を抑え、後半に余力

を取っておく「ペース配分」を心がけること。もう一つは、後半両足にかかる負担を

減らすために、さらに「ダイエット」と「筋力アップ」と「持久力アップ」を心がけること

でした。


 そんな中10月から11月にかけ「義父の死」と法要、「長男の膝の骨折」、「新

社屋物件決定」と、公私に渡りあわただしい日々の中、とにかく「自己採点70点」

で本番を迎えました。


 昨年は「大阪の気風」なのか、ランナーやサポーターのパフォーマンスに圧倒

され、今年は「まともな格好」で走るのがもったいないと、妻の大反対を押し切り、

私のステージ衣装「エルビス・ジョン・小林」で走りました。当日早朝、妻は文句

を言いつつも、走り安いように「スターコスチューム」の「裾のパンタロン」や「腕のヒ

ラヒラ」を安全ピンや輪ゴムで止めてくれ、何とか走れる格好が完成、スタート待

つのみ!


 今年もスタート地点にたどり着くまでに「3分40秒」のタイムロス、それからは周

りと競争せず、ほぼ1kmを6分ペースで25kmまで走った。ただトイレの待ち時間

が5~6分ロス、せめて2~3分に抑えられたらと思いつつも、3万人のランナーが

いたら仕方のないことかも知れない。


 しかし25kmからは6分40秒/km、30kmからは7分/kmと徐々に遅くなった

が、35kmからは37km過ぎの橋の上りにもかかわらず7分20秒/kmでカバー。

昨年、大阪の後半の失速(8~9分/km)には至らず、逆に橋の下りからゴールま

では徐々に盛り返し、残り2,195kmを14分弱でカバーすると言う、ゴールを「ダスキ

ン応援団」の前を見事な(?)「ラストスパート」を飾った。


 (ゴールまでのロスタイムを除く)ネットタイムは「4時間37分」と、目標の「4時間

30分」を切ることは出来なかったが、昨年からの「今の実力での“納得の行くレー

ス”をしたい」との思いを果たせ、出来栄えは「90点」だと言える。またこの歳でも、

トレーニングや調整をすれば記録は伸びるもの、「やればできる」と体感でき、体

力だけでなく精神面・仕事面にも自信がつき、今シニアパワーに満ち溢れています。


 今年も、朝からだダスキンの山田氏にエスコートしていただき、途中から小野氏

はじめダスキン応援団の皆さんの応援をいただlき、前日の「ダスキンランナー壮

行会」まで開催していただき、山村社長はじめダスキン広報部や関係者の方々

のバックアップをいただいて、この良い結果が出せたと思います。本当に応援い

ただきありがとうございました。


翌日からは妻と京都へ「紅葉」小旅行。初日は「嵯峨野嵐山」の紅葉と竹林を

堪能。2日目は「東寺」の仏像や五重の塔、「大原3千院」の紅葉見学。丁度

「紅葉真っ盛り」に“京の紅葉”と、京料理“湯葉”や“湯豆腐”を賞味。「妻と出

会い・40周年」を飾れた(?)風情のある旅行となった。あらためて「京都」は“

日本の美”であり“日本のシンボル”であり“日本人の故郷”だとしみじみと思った

ものです。