パーキンソン病 その3 疾患概念の変遷2 大阪市西成区天下茶屋の康祐堂鍼灸院
こんにちは、大阪市西成区天下茶屋の康祐堂鍼灸院です。
今回も引き続き、パーキンソン病の疾患概念の変遷についてお話していきます。
前回は、結構昔のお話しでしたが、今回は1960年頃からのお話しです。
さて、1957年には、カロリンスカ大学のArvid Carlssonは大脳基底核にドパミンが存在することを報告しました。ちなみにArvid Carlssonは神経伝達の機序を明らかにした功績により2000年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しています。その後、1960年には大阪大学の佐野勇が錐体外路系の疾患(パーキンソン病を含む)の大脳基底核において、ドパミンの低下がみられることを『神経研究の進歩』に報告しました。佐野はこのときにDL-dopaを静脈注射しましたが、効果はほとんど確認できなかったとして、それ以降はL-dopaの使用は行いませんでした。
一方、ウィーンのEhringerとHornykiewizも同様に、1960年にパーキンソン病の大脳基底核におけるドパミンの低下を報告しました。さらにBirkmyerとHornykiewizはL-dopaをぱあパーキンソニズム無動症を呈する患者に静脈注射を行い著明な効果を認めました。このときのフィルムは現存しており、その感動的な様子を見ることが可能です。映画『レナードの朝』は同様のエピソードに基づいて映画化されたもので、俳優のロバート・デ・ニーロがこのL-dopaの効果と副作用を見事に演じてます。
大脳基底核におけるドパミンの低下に関して、EhringerとHornykiewizの報告と佐野の報告のどちらが早かったのかについては不明です。しかし、ドイツ語で発表された論文が日本語の論文よりも海外においてはるかによく認識されたことは否めませんし、その後のL-dopa療法につなげていった功績は大きいといえます。佐野がL-dopa療法による改善効果をもう少し確認していればその功績もまた違ったものになった可能性を考えると、とても悔やまれます。
パーキンソン病なら大阪市西成区天下茶屋の康祐堂あけぼの漢方鍼灸院
院長 冨田 祥史(山元式新頭鍼療法 YNSA学会 評議員)
〒557-0014 大阪市西成区天下茶屋2-21-10
TEL&FAX 06ー6659ー0207 Email: mail@ynsa-japan.com
今回も引き続き、パーキンソン病の疾患概念の変遷についてお話していきます。
前回は、結構昔のお話しでしたが、今回は1960年頃からのお話しです。
さて、1957年には、カロリンスカ大学のArvid Carlssonは大脳基底核にドパミンが存在することを報告しました。ちなみにArvid Carlssonは神経伝達の機序を明らかにした功績により2000年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しています。その後、1960年には大阪大学の佐野勇が錐体外路系の疾患(パーキンソン病を含む)の大脳基底核において、ドパミンの低下がみられることを『神経研究の進歩』に報告しました。佐野はこのときにDL-dopaを静脈注射しましたが、効果はほとんど確認できなかったとして、それ以降はL-dopaの使用は行いませんでした。
一方、ウィーンのEhringerとHornykiewizも同様に、1960年にパーキンソン病の大脳基底核におけるドパミンの低下を報告しました。さらにBirkmyerとHornykiewizはL-dopaをぱあパーキンソニズム無動症を呈する患者に静脈注射を行い著明な効果を認めました。このときのフィルムは現存しており、その感動的な様子を見ることが可能です。映画『レナードの朝』は同様のエピソードに基づいて映画化されたもので、俳優のロバート・デ・ニーロがこのL-dopaの効果と副作用を見事に演じてます。
大脳基底核におけるドパミンの低下に関して、EhringerとHornykiewizの報告と佐野の報告のどちらが早かったのかについては不明です。しかし、ドイツ語で発表された論文が日本語の論文よりも海外においてはるかによく認識されたことは否めませんし、その後のL-dopa療法につなげていった功績は大きいといえます。佐野がL-dopa療法による改善効果をもう少し確認していればその功績もまた違ったものになった可能性を考えると、とても悔やまれます。
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