ちょっとビックリしたことがあったんです。
先週、夫と大喧嘩したのですけど、
それをキッカケに、私の中からあることが出てきた。
それは、
「寂しかった」
というもの。
喧嘩の理由は、
ほんと~に犬も喰わないつまらないこと。笑
その日は平日だったけれど、夫の会社が休みだったんです。
だから、税務署に行く予定だった。
家を売却・購入した税務申告に。
それで出かけたのですが、忘れてしまったのです。
税務署に持って行く書類諸々を、家に。
で、予定が狂った私はイライラし、それに夫がイライラする、
というところから始まった喧嘩だったのですが、
そもそも私のイライラは、もっとずっと前にあったものでした。
私は、「何でもひとりでやる派」なので、
そんな風に、用もないのに「一緒に」というのが、
元々気に入らなかったのです。
結婚当初から、ずっと。
「時間の無駄」とか、
「その時間があったら、私は他のことができるのに」って、実は思っていた。
そして、そう思う度に、最後に、いつもこれが出てくる。
「今まで私はひとりで全部やってきた!
だから、あなたもそうしてよ!」
夫には言わないけど、心の中で、確かにそう思っていたんです。
で、先日の喧嘩で、ついに言ってしまった!というワケ。苦笑
そうしたら、夫、私に一切、何も頼まなくなった。
すっごく余所余所しいのです。
それにも腹が立ったけど、
同時に、一抹の寂しさが浮かんできました。
なんでもかんでも一緒に、ということに私はめんどくささを感じていたけれど、
それが無くなってみたら、わかった。
すごくありきたりだけれど、
ああ、私、愛されていたんだな、、、と。
なのに、なんでめんどくさいって思っちゃうのかな?
なんで、「そのくらいひとりでやってよ!」と思うのかな?
しかも、尋常じゃないくらい激しく、イライラと。
そんなwhy?を、なんとなくですけれど、事あるごとに考えていました。
喧嘩のあとからずっと。
そして出てきたのが、
「寂しかった」
だったんです。
独身の頃は、ひとりで何でもやっていた。
今も、ひとりで何でもやることは、当たり前、と思っている。
しかも、ちょっと胸はって、そう思っている。
でも、本当はやりたくなかった。
本当は、心もとなかった。
誰かがいてくれたら心強かった。
誰かが一緒にやってくれたら嬉しかった。
そう思っていたのかもしれないな、と。
今までのこと、全部。
そのことに気づいた瞬間は、
いやいや!そんなことない!
寂しくなんかない!
この私が寂しい?!?!?!?!
んなバカな!!!!
と、ものすごい拒否反応が起こったので、
それ以上掘り下げず、放っておいたのだけど、
ふとした時に、これが脳裏によぎるのです。
寂しかった???
マジで?ホントに?苦笑
って。
それから数日。
不思議なことに、「寂しかった」を、
自然と受け入れられるようになりました。
そしたらね、
なんか、過去の私が可哀想になってきちゃって、、、
たぶん、きっと、子どもの頃、
妹が生まれてからずっと、寂しいを封印してきたんだろうな、
と思ったんです。
お姉ちゃんになったのは、2歳でした。
そんな小さな頃のことは記憶にないけれど、
物心ついてからは、確かに寂しさを封印して頑張ってきた。
お姉ちゃんだから、って。
そしたら、色々思い出した。
例えば、母がママさんバレーの練習で、夜、家を空ける時、
すぐ下の妹と、留守番をしていた時のこと。
毎回、怖がるんです。妹が。
お姉ちゃん、ヘンな音がしたよ。
ほら、誰かが階段を上がってくるよ。
って。
それを聞いて、私も、ひい~~~~~~!!!って思うのですけど(笑)、
ネズミだよ、とか、
風の音だよ、ほら、ね?だから大丈夫だよ、
って、怖がる妹を必死でなだめていた。
心の中では、おかーさん早く帰ってきてー!
おとーさん!何時に帰ってくるのー?!?!
と思っていたけど、そんなそぶりも見せずに耐えた。笑
あの時も、本当は寂しかった。
し、怖かった。笑
でも、言えなかった。
寧ろ、留守番を頼まれるたびに
「大丈夫だよ」って、クールに言ってきた。
だって私はお姉ちゃんだもん。
って、それが、自分を奮い立たせる呪文のように
なっていたのかもしれません。
そういう諸々を思い出したら、
なんか、小さな私が本当に可哀想になってきちゃって、泣けました。
今、思う。
結局、寂しかった自分を認められなくなっていた。
その度に、自分を奮い立たせてきたから。
だから、寂しいなんて、弱い人間が言うことだ!
って心のどこかで思っていました。
私は寂しくない。
ひとりでいたって、寂しくない。
って、ずーっとずーっと思ってきたんです。
寂しい、ってもっと早くに認められたら、
もっと早く結婚していたのかな?と思った。笑
そんな自分の弱さとも思える気持ちを認められなかった私は、
同じ思いを夫にさせることで、
「大変だったんだね!」
「頑張ってきたね!」
という評価を得たかったんだと思う。
独身で、ひとりで頑張ってきた私を、
子どもの頃から頑張ってきた私を、
認めさせたかったんだと思う。
だから、夫にも、
「そのくらいひとりでやってよ!私だってやってきたんだからっ!」
と思い、イライラしていたのかな、と思う。
軽い復讐だ。
自分の気持ちを、ずっと「なかったこと」にして、切なかった復讐。
自分でそれをしてきたのに、
「私にこんな思いをさせやがって!!!」
と、夫を使って復讐しようとしていたんです。
夫からしてみたら、完全な八つ当たり。苦笑
「寂しいゲーム」をやっていたかったんだな、と思う。
その寂しさを封印して、耐える!みたいなゲーム。
そのゲームの最終局面は、
「頑張ってる私はすごいでしょ!」です。
私は、そんな最終局面はいらないです。
愛されて、楽しくて、幸せな最終局面がいい。
そして、やるなら、そういうゲームがいい。
ひとりは寂しい、を認めました。
なんでもひとりでやるのは寂しい、を認めました。
「私は、寂しかった。以上。」
です。
そして、
「それを人にも味合わせたかった。以上。」
「そうやって認められたかった。以上。」
です。
現在地を知るってスゴイ。
それからと言うもの、今までならイライラしていたであろうことに、
一切イライラしなくなったのだから。
すごくラク!
そして、名誉のために言っておきますが、
夫は、本当に、何でもやる人です。
朝ご飯も、ずっと夫が作ってくれてるし。
私、起きれなくて甘えちゃってます(^^;
しかし、スッキリしました。
心の中にずっとあったものが一気に吹き出してなくなった感じ。
「寂しい」も、ちゃんとした感情ですもんね。
ここにジャッジをしなくなっただけでも、
楽チンになりました。
どれだけ自分の中で「勝ち負け」をしていたか、
またまた痛感した出来事。
ひとつひとつ気づいた度に、自分の中の争いをやめていきたい。
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