カミュの哲学と自分の現況
正念場が始まりました。難しいですね。色々な意味で。
ちなみに今はクライアント企業にほぼ常駐状態です。
今日も現在1人で残業中。オフィスに1人ぼっち。
何でこんなに頑張っているんだろう?
って時々自分に問いかけたくなります。
特にこんな状態で。投げ出したくなる気持ちもあります。
突然、かのフランス人作家のアルベール・カミュの代表作である
「シーシュポスの神話」の寓話を思い出しました。
神々により、シーシュポスは地獄で刑罰を受けることになりました
「神々がシシューポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、
ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂まで達すると、
岩はそれ自体の重さでいつも転がり落ちてしまうのであった。無益で希望の
ない労働ほど恐ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかは
もっともなことであった」
押しても押しても、元の木阿弥。これをカミュは不条理と定義します。
でも、シーシュポスは押し続けます。涙を流しながらもひたすら押し続けます。
カミュはこれを「美しい」と表現します。不条理の深遠の中で、人間らしさを
失わず努力すること。これが本来の人間のあるべき姿だ、とカミュは主張します。
「いわばちょっと息をついているこの時間、彼の不幸と同じく、
確実に繰返し舞い戻ってくるこの時間、これは意識の張りつめた時間だ。
かれが山頂を離れ、神々の洞穴の方へと少しずつ降ってゆくこの時の、
どの瞬間においても、かれは自分の運命よりたち勝っている。
かれは、かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ。」
確かに今の僕を取り巻く状況は不条理だと思いますよ。
でもそれに負けたくない。ここで培った精神力は必ず自分の
後の人生で活きて来ると信じてます。
純粋に負けたくない。ただそれだけです。
もう帰宅します。終電がなくなりそうなので。