「21世紀へ」 by 盛田昭夫
云わずと知れたソニー創業者の一人、盛田さんの著書です。
盛田さんが60年代から90年代にかけて執筆した論文の集大成です。
第1章を読み終えた時点ですが、既に圧巻です。
なにせ1964年時点で、連結経営の重要さに言及しているのですから。
1982年に執筆された「繁栄のための経営理念」は秀逸です。
これだけで、世にあるほとんどの経営書を超えています。
やはり自分で考え、感じ、それを実行した人の
言葉には学者の分析ではかなわない生の迫力がありますね。
先ず盛田さんは経営理念の重要性を強調します。
彼は「ソニーと関係のある全ての人を幸せにすること」を経営理念、
ひいては経営者としての自分の使命とします。
更にその中でも社員の幸せを一番にあげています。曰く
「一度しかない人生の一番輝かしい時期をソニーに委ねる人たちだから、
絶対に幸せになって欲しい」とのこと。
最近の会社(特にベンチャー)には、社会への貢献とかは経営理念とかに
よくありますが(それは良いことだと思います)、その理念を支える
社員への言及はあまりありません。でも社員を大事にすることは
偉大な企業に共通することだと思います。
更に、盛田さんは経営における基本原則というものを強調します。
盛田さんはそれこそ星の数ほど重要な判断を下してきましたが、
全ての経営判断はその基本原則に基づいていた、とのこと。
盛田さんの基本原則とは:
1)得意分野(自社の強みが活かせる)にのみ絞る
2)自分のペースを守る
の2点だそうです。1)に関しては良く言われることですし、
これは結構ベンチャー企業の定石です。でも2)はすごく難しい。
2)に関して、盛田さんは以下の事例を引きます。
「ある有力なバイヤーが商談を持ち込んできた。「我々はソニー
のトランジスタ・ラジオを大量に売る力を持っている。月間5万台、
及び10万台の発注の見積書を持って来い」という
要求である。そこで私は考えた。当時のソニーの生産能力は
月産1万台に過ぎない。10万台も注文をもらったら、大きな工場を
新設しなければならない。そんな工場を建てて、もし翌年キャンセルされたら
たちまち倒産してしまう。中小企業にとっては、注文が大きすぎることは、
決して歓迎すべきことではない。もしろ大きなリスクを背負うことになる。
私はU字型カーブの見積書を提出した。つまり1万台以下の少ないロットの
場合は勿論高くなるが、発注量が増えるにつれ安くなる。
しかし更に増えると今度は逆に高くなるというカーブである。
結局発注量は2万台で落ち着いた。そのときの私の判断は世間の慣習に外れて
いたかもしれないが、経営の安全を考えれば当然である。つまり私は
基本原則に従って判断したのである。」
この話をして、そんなの当たり前じゃん、という人は多いと思います。
しかし現実にこの判断を出来る人は極めて少ないと思います(これは断言できます)。
人間て、攻めるときよりも守るときの方が難しいものです。
ベンチャー企業では尚更です。
で、何を言いたいのかというと、ベンチャー企業の経営にもこの「経営の安全」という
基本原則が必要ではないか、という事です。またしても当たり前かもしれませんが、
これは非常に難しい。ベンチャー企業は成長を半ば義務付けられており、
その成長の源泉は売上です。
また昨今のベンチャー企業は「成長そのものがベンチャー企業の性格」である、
というようなメンタリティーが固まりつつあるような気がします。
かの板倉雄一郎氏は「中小企業」と「ベンチャー企業」の目的の違いを、
前者は「組織の生き残り」、後者を「儲けること」と定義しています。
さらにベンチャーは儲けることが宿命がゆえに、その経営は
「経営規模の大小に無関係な経営」と主張してます。
確かにシリコンバレーのベンチャーを見ていると、事業プランがあり、
資金を集め、短期間に一点集中し上場を目指すのが一般化しているように
見えるし、失敗しても成功した企業が雇用を創出する、という割り切った発想があります。
但し、留意すべきは、ソニーはホンダと並び、戦後日本のベンチャー企業の見本のような
捕らえられ方をしていることです(「ソニーも昔はベンチャーだった」みたいな標語は
ベンチャー支援では良くあります)。ソニーをベンチャーの見本と崇める反面、
その創業者の経営基本原則とは異なった基本原則で経営をしている。
勿論、時代は違います。当時は間接金融のみでしたが、最近はVCなどから
資金調達をして、一点張りが可能になってます。話は若干反れますが、
VCからの資本提供を受けているベンチャーは尚更成長を重視されます。
これはVCのパファーマンス軸にIRRという指標があるためです。
IRRとは投資利回りを計算する手法の一つで、結果から言うと、
同じキャッシュを稼いでも、その期間が短いほどIRRは高くなります。
なので、安全経営はVCが提供するカネの性格上、相反します。
時代が変わるにつれ、変わっていくものもあります。
でも経営の本質って、それほど時代に流されないものも多いような気がしてます。
恐らく「攻め」と「守り」の両軸がベンチャー経営というよりも企業経営の本質だと思います。
そしてそれは状況判断の比重が高いため、非常に難しい。
でも、僕は攻め一辺倒になりつつある、ベンチャー経営においても盛田さんの言っている、
「経営の安全性」という基本原則を持っていることは重要だと思うのです。
この基本原則が頭の中にあるだけでも、たとえ攻めるという判断をしても
経営判断の質は大きく異なるような気がしてます。
今そこに経営危機があるのであれば、守りは簡単というか必然です。
でも将来顕在化するかもしれないリスクを織り込んで、経営を担っていく、
更にその上で成長戦略を描く。当たり前のことだけど、成長を呪文のように
唱えているベンチャー経営においてはこのことは難しい。
もしかするとこの事は、今のベンチャー企業に対する
盛田さんの警鐘なのかもしれません。
僕も今のクライアントが同じような状況になったら、この話を思い出したいと思います。