5年ほど前でしょうか。

 

卒業生のお父様より、表題の論文のレジュメを頂きました。

 

70ページほどのものでしたので、すぐには読めず、しかし、いつかは読みたいと思いつつ、この夏にやっと読むことができました。

 

このレジュメをくださったお父様には、読むのがこんなに遅くなってしまったことをお詫びさせていただきます。

 

表題の通り、このレジュメの内容は、現在のろう教育が直面する問題について述べたものです。

 

まず一言。

 

とても驚きました。

 

ショックだったと言っても良いと思います。

 

何に驚いたのか?

 

まず、自分の無知さに。

 

そして、現在のろう教育のあり方に。

 

そのことについてここでお話しするには相当な時間と文字数が必要となると思いますが、今日は1つだけ書かせていただき、それ以後時間のある時に少しずつ書いていきたいと思います。

 

まず・・・

 

私は、ろう者(聴覚に何らかの障害をもつ人々すべて)はすべて同じ種類の手話を完全にマスターし、ろう者同士手話を使って自由自在にコミニュケーションがとれ、手話通訳士さえいれば聴者(聴覚に障害がない人)とも普通にコミュニケーションがとれ、仮に手話通訳士がいなくても、筆談ですべてが解決するものと思っていました。

 

多くの人々がそう思っていると思います。

 

しかし、実は手話には大きく分けて2通りあります。

 

1つは「日本手話」。

 

もう一つは「日本語対応手話」。

 

今日は主にここだけのお話にとどめておきたいと思います。

 

しかしこれが難しい。

 

その論文によると、「日本手話」というのはろう者にとって第一言語となるべき手話である、ということです。

 

「日本語対応手話」というのは、あくまでも日本語を普通に理解している人(音声で日本語をイメージできる人)が学習しやすい、或いは、日本語を理解している人にとって理解しやすい手話だということで、日本語を話しながら手話をするのはこの「日本語対応手話」のようです。

 

しかし、ここで考えないといけないのは、ろう者は「日本語を音で聞いたことがない」ということです。

 

日本語を音で聞いたことがない人にとって、もともと音が基本となって出来上がっている「日本語対応手話」というものは、言語として合っていないといいます。

 

それに対して、「日本手話」というのは、音という概念が入っておらず、手話そのものが言語なわけです。

 

私達の感覚だと、手話を日本語(つまり音)に置き換えて理解するわけですが、日本手話の場合は、手話そのものがダイレクトに意味や感情に置き換えられます。

 

 

もし、生まれた赤ちゃんがろう者だということが判明したとき、その子にどんな風に語りかけたら良いのでしょう?

 

普通に言葉で話しかけても赤ちゃんには伝わりません。

 

それならば、早いうちから手話で話しかけるべきですよね。

 

そうすれば、子供は手話に対して様々な反応をするようになるといいます。

 

それでは、その時に使う手話はどちら?

 

「それは、最初から広く世の中で聴者が使っている日本語対応手話を覚えさせた方がよいでしょう」

 

そういう意見もあるかもしれませんが、日本語対応手話はあくまで「日本語が理解できているという前提で使える手話」なのです。

 

それに対して、日本手話は日本語を理解する必要がありません。

 

いきなりの日本手話で大丈夫なのです。

 

つまり、ろう者の子にとって、日本手話を覚えていくというのは、我々が知らぬ間に日本語を覚えていく、というのと同じです。

 

ろう者はまず小さなうちから日本手話に触れあい、日本手話を第一言語として、ろう者同士、或いは日本手話ができる人とコミュニケーションをとり、成長していくことが必要だといいます。

 

ろう者が日本語を習うということは、まず第一言語として「日本手話」を学習し、そのうえで行われるべきだということです。

 

それは、聴者がまずは日本語を覚え、次に英語を学習するのと同じです。

 

しかし、現状、その様な事にはなっていません。

 

ろう児に対しての教育方法というものがすっきりと1本にまとまっていないのが現状のようです。

 

いえ、文部科学省の方針としては1本にまとまっているのかもしれませんが、それは上記のようなものの考え方ではないようです。

 

例えば、ろう学校(今は特別支援学校というのかもしれません)では、日本語対応手話を使って授業がなされていたり、逆に手話を使わせずに何とか言葉をしゃべらせたり、唇の動きから日本語を理解させるといったことが行われているようです。

 

また、各家庭でも、日本手話なのか、日本語対応手話なのか、あるいは聴覚口話法(ほんのわずかな聴力を活用させて音を聞かせ、唇を読ませる方法)なのか、それが統一されていない。なので、日本手話を理解できないろう者の子もたくさんいる。

 

日本手話を理解できない先生、日本手話を理解できないろう者の子ども、日本語対応手話を理解できないろう者の子ども、さまざまな先生や生徒がバラバラに存在する中で、普通学校のような教科教育はなかなかできない。

 

「日本手話を第一言語とする」というはっきりした教育は、日本では「学校法人明晴学園」でしか行われていないようです。

 

さて、私はなぜこのようなことを知らなかったのでしょう?

 

どこの小学校でも「心のバリアフリー」を教える中で、世の中の子どもたちはこういう現状を知っているのでしょうか?

 

バリアフリーというのは形だけ整えば良いものですか?

 

私はせめて、自分の生徒だけにはこういう事実を伝えていきたいと思います。

 

 

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