前回の続き
中津城の見学を終えた時には12時を過ぎていたので、次に向かう迄にどこかお昼ご飯を食べる所がないかと探していると、若竹屋と言う所があり、車が止めれるスペースも有ったので、ここで車を止めたが、外観は高級料亭の様な感じでどこか敷居が高い感じなのである。
この店の後に又探すのも面倒なので意を決して入ったが、やはり思った通りでどこか違うのである。
応対した仲居さんも和服を着ていて兎に角品があるのであった。
兎も角カウンターに座りメニューを見ると値段は思ったほど高くはなく1500円程の定食を食べたが、味はなかなか品があり美味しかった。
お昼を食べ終わった後に行ったのが福沢諭吉記念館で、此処は隣に有る諭吉の旧居宅との共通観覧券で、金額は一人600円であった。



皆さんご存知のように福沢諭吉は慶応大学の創始者で知られ、此処大分県中津市の出身者なのである。
諭吉は1歳6か月の時に父が急死したため1836年秋に母子6人で当時住んでいた大阪の中津藩蔵屋敷から中津に移り住んだという、最初に住んだ家は取り壊されたので現在の建物はその後に移り住んだ家だそうだ。
館内には諭吉にかかわる物が沢山展示してあるが、その中で一万円札がショーケースの中に展示してあったが、この一万円札は刷り上がった時の一号札で番号がA000001Bで第一番目に刷り上がった物が、此処に展示してあるのである。

別のA000001Aの方は日銀に保管されているそうだ。
下世話な話だが、此処に展示してある1万円札は、もし市場に出回ればいくらの値が付くのだろうか?他人事ながら気になった。

続く