私は母親問題をやっていて
終盤の頃、
クソノートをすると
いつも最後が
「私は孤独だ」
という言葉が出てきて
強烈な寂しさで終わっていた。
それは、
母親が私に
関心を持ってくれなかった
幼少期が原因なのだろう、
だから、
まだ母親問題は終わっていない
と思い込んでいた。
孤独と寂しいは
一緒の意味だと思っていて
疑わなかった。
ある日、
「孤独と寂しいは違うよ。」
その一言を言われて
青天の霹靂とともに、
これがずっと分からなかった。
そしてもうひとつ、
ずっと自由への憧れがあった。
自由になりたいと内心いつも、思っていた。
これもまた、
紐解くと
孤独と繋がっていたのだ。
孤独=自由
または、
自由は孤独だ。
自由は全ての責任を自分で負う事。
それは孤独でないと叶わない事。
独りで、
誰の言葉にも耳を貸さず
誰かの言葉の上書きでもなく
自分が自分に尋ねて決めること。
その状態で在ること。
それが、孤独。
身体や関係性や通信、交通手段の
「孤立」のことでは無い。
その「Alone」とは違う意味だ。
孤独という響きへの恐れは
どこから来るのか?
「孤立」の怖さと、
「主体性」を持つ怖さ。
両方ではないか?
もし、
漠然と孤独を嘆いているなら
はたして自分は
どちらを、
より恐れているのか?
物理的な孤立に隠された、
依存からの脱却に
恐れはないか?
それをよく視るといいみたい。
人は自由を手に入れた時、
孤独になる。
反対に、
孤独から成り立つことを
受け入れられると、
人は自由になれる。
だから、
孤独に嘆くのに、
自由を渇望するのは
矛盾。
なぜ、自由を望むのに
自由になれないのか。
なぜ、
自由になりたいと望むのに、
自分は苦しいのか。
それは、
孤独を恐れていたからだった。
孤独を認めてないから。
自分を殺して、
無いものとして、
何かを頼りたい気持ちが
砂つぶくらい残っているから。
自分の命の責任を
自分で持ちたく無いから。
それにやっと気付いて
私は楽になった。
あなたの人生の冒険に、
本当にその砂を
握っていくのですか。
左手で握っていたら、
右手しか使えない。
片方の手より、
両手でオールを漕いだ方が
ずっと船は
進みやすいというのに。
その砂つぶが
何になるというのか。
近寄ってきた敵にぶつけて、
それでどうなる。
砂つぶでは、
敵は消えない。
悲しまないで。
弱くていいのだ、人間は。
弱い生き物なのだから。
到底1人では
長く生きられない生き物だ。
だからこんなに増えて、
広い地球のところどころで、
固まって暮らしてるじゃないか。
弱くていいんだよ。
弱いんだよ。
最初から
あなたのせいではないんだよ。
だからこそ、
地球の歴史から見たら
一瞬にも満たないあなたの歴史に、
その砂が必要なのかを問うてみて。
なんだ、
弱いままでいいのなら、
せめて、
自分で決めたくならないか。
せめて、
この地球の歴史から見たら
刹那でもない微量の時間は
自分で進めたく無いか。
孤独とは、
ネガティブでも
ポジティブでもない
言葉だった。
私が理解した「孤独」とは、
そういう括りの類いではなかった。
孤独とは自由だったよ。
孤独を認めて、
孤独を味わい、
覚悟をもって孤独をたしなむ。
おそらく、
それが出来るようになると、
どうやら人間は
「自由」を手に入れるらしい。
しかしこれも、
いま私が知る限りの、
この現世でのお話。
だって「この世に真理は無い」から。
100,000年後は解らない。
でも、
どうやらそういうことらしい。
私が選んだ世界は
そういう世界というだけ。
よかったら、
そんな自由(孤独)を
手に入れる手掛かりを、
受け取ってみませんか?
私はこの人から、
学びました。
#お互いにシュッとしてましたね(使うの2回目)
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