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1999年、投資との出会いと時代の空気
1994年に社会人になった私は、いわゆる“普通の20代”を過ごしていた。
仕事に慣れ、給料も少しずつ増え、ボーナスが出れば冬はスキーやスノーボードに出かける。そんな生活が毎年のように続いていた。
週末は競馬場やWINSに行くことも多かった。
大きく賭けるわけではなく、レースを眺めるのが好きで、ちょっとした気分転換になっていた。
お金を増やすというより、趣味として楽しんでいた感覚に近い。
当時の私は、お金は働いて稼ぐもので、増やす方法といえば貯金か、せいぜい競馬くらい。
“投資”という言葉は、まだ自分の生活の中にはなかった。
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投資という言葉が生活に入ってきたきっかけ
状況が変わったのは1999年だった。
私は実家から通勤していたが、その年、父が定年より1年早く早期退職した。
退職金の運用を考えるために、父は投資関連の本をいくつも買い揃えていた。
実家の本棚には、株式投資や投資信託、資産運用の入門書が並ぶようになり、その中に紫色の表紙の本があった。
『金持ち父さん 貧乏父さん』。
この本を読んだことで、お金に対する考え方が少し変わった。
「お金に働いてもらう」という考え方は、それまでの自分にはなかった発想で、投資というものが急に身近に感じられるようになった。
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1999〜2000年の空気感
ちょうどその頃、世の中ではITバブルが起きていた。
アメリカではドットコム企業の株価が上がり、日本でも光通信やソフトバンクの株が連日のように話題になっていた。
株式投資の話を耳にする機会が増えた時期でもある。
後から振り返ればバブルのピークに近い時期だったが、当時の私はそこまで深く考えていなかった。
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投資に興味を持ち始めた頃の自分
投資に興味を持ち始めたとはいえ、当時の私は特別に倹約していたわけでも、浪費していたわけでもなかった。
1997年までは、冬のボーナスをスキーやスノーボードに使い、趣味を楽しんでいた。
1998年には、NBAのマイケル・ジョーダンが2度目のスリーピートを達成し、引退を表明した。
その最後のシーズンをどうしても見たくて、1週間ほどアメリカへ旅行に行った。
さらに1999年末には、ミレニアムの年越しに合わせて、青年海外協力隊としてケニアで活動していた知人を訪ねるためにケニアへ行った。
こうして振り返ると、無駄遣いをしていたわけではないが、20代らしく“経験にお金を使う”生活だったと思う。
その結果、貯金は300〜400万円ほど。
投資を始めるには十分とは言えないが、まったく手が出ないほどでもない、そんな状況だった。
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そして、1999年。私は証券口座を開いた
父の退職、家に並んだ投資本、そしてITバブルの空気。
いろいろな要素が重なり、私は行動に移すことにした。
1999年、父が利用していた証券会社の店舗を訪れ、初めて証券口座を開いた。
ここから、投資という大きな一歩を踏み出し始めることになる。