51年前の12月、淡谷のり子さんのなま歌に感動した話、その2 | 妻を亡くした夫と母親を亡くした娘の生活

妻を亡くした夫と母親を亡くした娘の生活

2016年9月病院で愛妻が亡くなりました
夫は翌年大学生になった娘と愛犬2匹と暮らしていました
2022年11月二女が動物病院で亡くなりました
2024年1月に三女が後を追うように亡くなりました
大学生の娘と二人家族になりました

今朝の横浜の空、前日に続いてに雲ひとつない快晴。今日も暖かい1日になりそうです。

さて昨日は都内のNPOからの仕事帰り、いつものように徒歩でT体育館に行きました。日曜日のフルマラソンで前のめりに転倒し、擦り傷や打撲で痛みましたが、ほぼ普通に走れるまでに回復したと思えました。トレッドミルでまずは20分間走って給水、さらに2セット目を走り始めたところで違和感が。右の脇腹の痛みと思っていましたが、正確には右の大胸筋の下辺り、すなわち右腹筋の打撲と分かりました。単なる打撲でしたら日々改善に向かうのでしょうが、昨日は走る時間の経過とともに痛みが増して、15分ほどで我慢ができずに停止しました。合計35分間で6.3kmのランニングを終了しました。ストレッチをすると痛い痛い、シャワーを浴びて早々に退館しました。

ところで淡谷のり子さんのなま歌体験の続きです。今はない渋谷駅前のキャバレーで1週間だけのお土産渡しのアルバイト、毎夜日替わりで歌手が登場しました。ボーイやマネジャーの指示に従い、5〜6種類のお土産の中から言われたお土産を手渡しします。中の様子はその時開いたドアの隙間から覗けます。歌手が歌っている最中に帰るお客さんはいないので、お土産渡しには暇な時刻、ドアの隙間から毎夜歌謡ショーを拝聴しておりました。たいていの酔客は歌謡ショーの最中もホステスとの会話に夢中、多少のお触りも許されている様子で、熱心に歌を聴いている客やホステスなど一人もおりません。しかし、淡谷のり子さん登場の夜だけは全く様子が違いました。既に60歳を超えていますがとにかくオーラがすごい。酔客もホステスも会話をやめて主役の歌う姿に見入っています。あまりにもホールの様子がこれまでの日々と違うので、ドアの隙間から見ていた私も呆気にとられた次第。まさに本物の歌手を人生で初めて目の当たりにした気持ちでした。最後の「別れのブルース」は圧巻でした。歌を聴くというよりも、美しい声を通した歌手の心に聴くものの心が揺さぶられる、そんなかつてない貴重な経験をさせて貰えました。歌い終わるとホール内は万雷の拍手に包まれました。大スターなのに驕り高ぶる様子も見せずに、淡谷のり子さんは淡々とステージを降りたのでした。

19歳の大学1年生だった私のたった1週間のアルバイトの経験。淡谷のり子さんのステージは、51年を経てもなお色褪せない、生涯1度の素晴らしい体験でした。