1972年12月、生涯たった1度の淡谷のり子さんのなま歌体験 | 妻を亡くした夫と母親を亡くした娘の生活

妻を亡くした夫と母親を亡くした娘の生活

2016年9月病院で愛妻が亡くなりました
夫は翌年大学生になった娘と愛犬2匹と暮らしていました
2022年11月二女が動物病院で亡くなりました
2024年1月に三女が後を追うように亡くなりました
大学生の娘と二人家族になりました

今朝の横浜の空、雲ひとつなく澄み渡った冬空です。富士山が西の空に霞んで見えます。

この季節で真っ白でない富士山、ちょっと記憶にないです。

ところで今朝のNHK朝ドラ「ブギウギ」、笠置シヅ子さんをモデルとした趣里ちゃんの主演ドラマです。今朝は名女優菊地凛子が演じた茨田りつ子が「別れのブルース」を歌うシーンがありました。

1937年に大ヒットした「別れのブルース」、ブルースの女王淡谷のり子さんによる名曲です。平成世代には縁のない曲だと思っていましたが、NHKのおかげで聞く機会が増えたことは有り難い。若い頃の私はテレビで観た時はすでに60代になったその容貌からして、特に感動は覚えませんでした。しかし、なまの淡谷のり子さんの歌唱姿を見て一瞬にして心を奪われました。

昭和47(1972)年12月、渋谷駅前のビルの最上階にチャイナタウンというキャバレーがありました。当時大学1年生の私は友人に誘われて、1週間ほどアルバイトをしました。7名ほどの男子学生バイトの中で私と友人の2人は、ホールのドアの外の階段の踊り場に座って、指定されたお土産をボーイの求めに応じて渡す係でした。ボーイ役のバイトは衣装に着替えますが、私と友人の二人は寒い踊り場でコート姿で控えています。そこそこ名前の売れた歌手が毎夜日替わりで出演します。私の知る歌手は一節太郎や北原謙二、それに淡谷のり子など数名。

これから出掛けるところ、時間が足りないので、明日に続けます。