こんにちは、愛のある結婚生活を支援する、カウンセリング&コーチ 横田雅彰 です。
早いもので、もう4月・・・桜の季節がやってまいりました・・・
そろそろ、重いコートを脱ぎ捨てて、身も軽くなりましょう。
心も、コートと同じように脱ぎ捨てて軽くなりたい、といきたいところですが、これがなかなかうまくはいきませんよね。
困ったものです・・・
さて、今日は倦怠期、なるものについてお話します。
倦怠期とは、辞書で調べてみると、「飽きて嫌になる時期、特に夫婦の間柄についていう」となっています。
また、倦怠期は事情と性格により程度の異差はあるにしても、誰の胸にも訪れると言われています。
でも、誰にでも訪れるものだからといって、黙って見過ごすわけにもいきませんよね?
来るということが分かっていれば、それなりの予防策はあってもよさそうなもんですよね?
でも、悲しいかな・・・私たちはそのためのマニュアルなどないに等しい状態です。
だからこそ、誰しもが訪れるものとされているわけです。
この倦怠期も、誰にでも訪れるものだからといって、それこそ放っておけば、その傷口は大きくなる一方です。
ここは何か手を打たなくてはいけません。
まず最初に、どうして倦怠期が訪れてしまうのかを考えてみましょう。
結婚した当初は、それこそ、この人と一生離れない、いつまでも一緒にいようなんて誓い合った仲です。
しかし、それが1年、2年と時が経つにつれ、気持ちにも変化が現れるようになります。
つまり、〝慣れ〟から来る〝飽き〟というものです。
結婚した当初は、お互いに知らないことだらけで、それこそ感動や衝撃もあったでしょう。
でも、毎日のように顔を合わせていると、それこそ新鮮味もなくなってきます。
すると、その先に待っているのは?
「お互いを異性として見れなくなる!」
と言ったことではないでしょうか?
すると、決まって夫婦の間の感情は失い、お互いが空気のような存在と化してしまいます。
でも、空気だったらまだいいかもしれません。
お互いの嫌な部分ばかりが目につくようになったり、夫婦間の会話もなくなっていけば、それこそ顔を見るだけで気分が悪くなったり、最終的には一緒にいる意味も疑い始めるようになってしまます。
すると、お互いを支えているもの、つなぎ止めているものは、もはや経済的な理由か、子供のこと、もしくは世間体ということです。
そんな、悲しい末路をたどることになってしまいます。
私も、例に違わず、その倦怠期を充分すぎるほど味わいました(笑)
さて、夫婦が倦怠期を迎えると、お互いの行動に何らかの変化が出てきます。
一番顕著なのが、ご主人の帰宅時間ですね。
これが、だんだんと遅くなっていきます(笑)
とにかく、家にいる時間を少しでも短くしたいわけです。
また、疲れて帰ることが、奥さんとの時間やセックスを回避する口実にもなります。
男というのは、実に単純な生き物です。
心から愛している女性であれば、時間など何とかやりくりして無理矢理にでも作ります。
ましてや、自分の身を犠牲にしてでも、その女性のために尽くすことはできるんです。
もちろん、ご主人は家族を守るという責任を背負っています。
そのために、これまでよりも必死で働いているということもあるでしょう。
本当に、疲れているということもあります。
しかし、これまでと違った態度をとるということは、段々と態度が変わってきたということは、倦怠期である証拠でしょう。
少なくとも、ご主人の心が離れつつあるということは確かです。
まあ、でもご主人を擁護するわけではありませんが、心が離れたからといって、決して嫌っているわけではありません。
ただ、空っぽになる時間が、いつもよりも倍以上要するといったことです。
つづく・・・