愛とは自己犠牲でしょうか?
例えば、恋人を愛しているから、嫌われたくないから、そちらを優先させて、友達との約束を反故したりすることもあると思います。
また、本当はこっちがいいのにとか、反対するのはやめようなどと自分を犠牲にすることが愛情だとさえ思ってしまいます。
また、そんなことが続けざまにあると、どうしてもストレスが溜まってしまいます。
すると、どこかで爆発してしまうんですよね。
直接当たったり、友達に愚痴を聞いてもらったりと・・・
でも、愛とは本当に自己犠牲を伴うものなのでしょうか?
そもそも、それ自体も怪しいような気もします。
自己犠牲ですから、当然自分を押し殺すことです。
つまり、相手を受け入れて、自分の意見は通さないわけです。
本当は、恋愛映画が見たいのに、ホラー映画に付き合わされたりするようなもんです。
そりゃ、当然楽しさも半減しますよね。
下手をすると、ぜんぜん楽しくない!と思ってしまうかもしれません。
これが果たして愛情でしょうか?
違いますよね。
本来、人を好きなる、好かれる、愛する、愛されるというのは嬉しいものです。
楽しいものです。
そして、幸せになるものです。
愛する相手がいるからこそ、その人を守りたい、守られたいという感情が働きます。
自分を犠牲にすることは、愛されるかもしれませんが、自分が果たして本当に愛しているのかもわからなくなってきます。
自分を犠牲にする必要はまったくありません。
かといって、主張を押し通すということではありません。
相手を尊重してあげるということですね。
自己犠牲と尊重することは、似たような言葉遣いですが、一方はネガティブ、一方はポジティブですよね。
犠牲とは、目的のために損失となることをいとわず、自分の大切なものを差し出すことです。
ようするに、自分の大切なものが一つ一つ失われていくんです。
だからストレスになってしまいます。
でも、尊重するということは、相手を大切に扱う、重んじることです。
だから、気持ちがいいんです。
気持ちがいいわけですから、ストレスなど溜まるはずもありませんよね。
同じようなことでも、二つの言葉にはこれだけの差があるんです。
当然、尊重してあげたほうが、相手も気持ちいいし、自分も気持ちいいですよね。
あなたならどちらを取りますか?
私なら断然尊重を取ります。
愛とは自己犠牲ではありません。
尊重することです。
尊重するからこそ、気持ちいいし、それが楽しい、嬉しい、幸せにつながります。
言葉一つで、相手を愛することがこれほどまでに変わるんです。
劇的に変化するんです。
もしも、あなたが恋愛で悩んでいるのであれば、自己犠牲などと考えていませんか?
自己犠牲になる必要はありません。
尊重してあげてください。
すると、あなたの愛情はマイナスから一気にプラス、これまでの何十倍、いや何百倍も愛することができるでしょう。