あなたの『これから結婚、それからの』物語…結婚、それは幸せのクライマックスではなく、まだまだほんのわずかな夢の途中 -52ページ目

あなたの『これから結婚、それからの』物語…結婚、それは幸せのクライマックスではなく、まだまだほんのわずかな夢の途中

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さて、これまで恋人のできない方々の一番の悩みはないかというと〝モテない〟ということだと思います。


そのために、せっせとダイエットに励んだり、色々なモテバイブルなんかを購入したり、ファッションを研究したりと、そりゃ涙ぐましい努力を重ねています。


でも、本当にそれでいいんですか?


モテるようになればいいんですか?


そもそも、モテるということはどんなことでしょう。


複数の異性が寄り集まってくることです。


でも、それは決して喜ばしいことではありません。


つまり、あなた自身が好きな相手に振り向いてくれないことには話しにならないからです。


いくら100人の人に好かれようが、たった一人の人が振り向いてくれなければ、それこそ何にもなりませんよね。


それこそ、不幸なわけです。


ですから、モテるを目指すのではなく、たった一人の相手を振り向かせることをしなければならないということです。


つまり、ここぞという異性に対しピンポイントでモテるようになれば、あとはどうであろうが関係ありませんよね。


例えば、あなたは10人の人に交際を申し込まれたとします。


そのとき、どうしますか?


その中から交際する相手を選びますか?


人にはそれぞれ好みがあります。


もしも、交際を申し込んできた10人が、あなたが恋人にする条件を満たしていなければどうしますか?


もちろん、断ることでしょう。


10人すべて断るでしょう。


何で、もっといい人が交際を申し込んでこないのかと、それこそ嘆き悲しむことでしょう。


でも、他人から見れば、あなたは確かにモテるんです。


羨ましいと思われます。


しかし、あなたは不満です。


何が不満なのか?


それは、自分の理想とする異性から交際を申し込まれなかったからですよね?


つまり、モテるかモテないかは、あまり関係がないと言えるんじゃないでしょうか・・・


特にこの場合、自分が異性からチヤホヤされる状況です。


でも、それと恋人ができるできないは関係がないとも言えます。


では、いったいどうすればいいのか・・・


簡単です。


あなた自身が好きな人を見つければいいだけです。


そして、その人に告白すればいいだけの話です。


でも、なかなか好きな人ができないという方もいます。


そのためには、まずは好きな相手の条件は、この際脇に置いときましょう。


そして、好きになるというよりは、まずは興味を持ってください。


相手が、自分とは違う考え方を持っていてもいいんです。


なぜ、この人は自分と違う意見を持っているんだろうと考えてみてください。


好きになろうとしても、なかなか好きになれるもんじゃありません。


ましてや、好きな人が現れるのを待っても、現れるもんじゃありません。


ですから、まずは理解しようとしてください。


それが、好きの、恋愛の始まりの一歩です。

いや~、この問題は賛否両論、様々な考え方ができるでしょう。


もちろん、好きであるからこそ、結婚をするというのは前提でしょうし、かといってあまりにも生活することに対して、まるでいい加減でも困ります。


これは、相手にもよる、とも考えがちです。


いったい、結婚とはどうなんでしょうね・・・


まあ、正直に言ってしまえば、恋愛の延長でもあるし、恋愛と結婚は別でもあります。


例えば、お互いが好き同士でお付き合いをするという場合、そこには当然生活はありません。


まあ、いきなり同居することもないでしょうが、お互いにそれぞれの生活する場所というものが確保されています。


当然のことながら、好きであるもの同士ですから、会いたいときに会って、お互いに用事があるときは、会えなくなります。


つまり、極端に言ってしまえば、お互いの欲望が先行している形です。


お互いの欲望、好きであるから会いたい、一緒にいたいという願望が二人を引き合わせています。


どちらかが会いたくなければ連絡をしなければいいし、用事があると断ってもかまわないわけです。


もちろん、断られたほうはちょっとムッとはしますが・・・


しかし、結婚となるとどうでしょうか?


それこそ、四六時中一緒にいることになりますね。


会いたい、会いたくないにかかわらず一緒にいるわけです。


しかも、それは1年や2年ではありません。


それこそ、どちらかが亡くなるまでその関係を維持していくという誓いを立てて一緒になるわけです。


まあ、正直に言ってしまえば、何とも気の遠くなるお話です。


そこで問題となるのが、生活をするということです。


夫婦関係であれば、いずれ子供もできるでしょう。


そのときに、奥さんが働けなければ、当然ご主人が生活費をすべて捻出しなくてはいけません。


また、子供の養育費もかかります。


だからこそ、ご主人となるべき男性に経済力を求めがちです。


つまり、恋愛の延長は必ずしも結婚とは限らないということにもなります。


しかし、好きでもない相手と暮らすことにも抵抗があります。


だからこそ、適当な相手が必要になります。


ここで言う、適当とはいい加減という意味ではなく、可もなく不可もなくという意味合いです。


ようするに、妥協してしまう結婚が増えているということでしょうね。


しかし、ここで考えていただきたいのは、恋愛でもそうでなくとも結婚したという事実です。


恋愛の延長でも、生活のためでも結婚したことには変わりません。


そして、その結婚がどうであったかなどを考える必要はまったくないということです。


恋愛でも、生活のためでも結婚して幸せになられる夫婦はたくさんいます。


逆に、恋愛を経て結婚にいたっても、離婚する場合もあります。


ですから、問題はどんな形で結婚したかではなく、どんな結婚生活を送るかということなんです。


夫婦になるということは、それだけに親密になれることを意味します。


常に一緒だからウザイではなく、常に一緒にいるから今まで以上に、この世界でたった二人だけがもっとも親密になれる関係を築けるということを考えてください。


これは、第三者、つまり不倫相手ではその関係は勤まりません。


夫婦だからこそ、一緒に生活をする間柄だからこそなれるのです。


恋愛だろうが生活のためであろうが、そんなことは考える必要はありません。


これから、最も親密になるということだけ考えればいいんです。


どんな形でも幸せであればそれでいいじゃないですか?


ですから、あまり形にこだわる必要はありません。


逆にこだわるからこそ、視野が狭くなってしまいます。


一番大切なのは過去じゃありません。


これから幸せを目指そうとする未来です・・・

何事もそうですが、私たちの身の回りに起こることには意味があります。


というよりも、その意味を考えることが大切です。


でも、なかなか意味など考えることが出来ないのも事実です。


ですから、まずは意識することから始めましょう。


意識するということは、非常に大切です。


意識すらしなければ、その出来事は私たちの脇を素通りしてしまいます。


また、無視したり、拒否したりしてしまいます。


ですから、まずは意識してみてください。


どんな人との出会いにも意味があります。


しかし、普段私たちは第一印象で、その人柄をふるいにかけ、自分自身の好き嫌いの線引きをしてしまいます。


私たちの中には、過去の膨大なデータが蓄積されています。


そして、その膨大なデータを頼りに、その人柄を一瞬で判断してしまいます。


これはこれで、ある意味正解でしょう。


人の好き嫌いは、自分が安心できるかどうか、つまり生態の安定を保てるかどうかの判断です。


例えば、あなたの目の前にオバマ大統領が突然現れたとします。


そんな時、あなたはどう対処しますか?


まあ、おそらく私ならば心臓が止まるほどの緊張と驚きで、直立不動の姿勢を崩すことができないでしょうね(笑)


もちろん、自分から歓迎の意を示し、握手を求めるなんてことは到底できません。


つまり、私の中でオバマ大統領は、生態の安定は得られない人物になります。


まあ、オバマ大統領は極端な例ですが、人は一瞬で、その人が自分にとって安心できる人か、できない人ないかを過去のデータから判断します。


安心できない人というのは、自分に危険を及ぼす可能性が高い、だからこそふるいにかけるんです。


これは、すべて無意識のうちに行われます。


だからこそ、自分と似たような価値観を持つもの同士が集まるんです。


俗に言う、類は友を呼ぶというものです。


しかし、これはある意味非常にもったいないことでもあります。


自分の、成長できるチャンスを逃している可能性もあります。


人と人が出会うということは、物凄い確立です。


世界中で60億人以上の人がいる中で、出会うわけですから、その確立は60億分の1ですよね。


そんな天文学的な数値に、大いなる意味がないわけはありません。


特に、男女が出会うとなれば、その意味ももっと違ったものになります。


どんな形でも、出会いには意味があります。


もちろん、直接関係することもあるでしょう。


また、直接ではないにしろ、間接的なこともあります。


その意味を考えてみてください。


どんなに境遇が違う者同士でも、どちらかが歩み寄ろうとすれば、そこに大きな意味が発生します。


その意味は、これまでとは違った、つまり似たもの同士で集まっていたものとは、まったく違う意味が見えてきます。


自分にとって、新しい発見ができるんです。


これは、物凄いことなんです。


この世に意味のないことはありません。


そこには、必ず意味があります。


そして、そこに意味を見出すのは私たち次第なんです。