瀬暖「もう! タケルったら、腹立つっ!!」
事務所の真ん中にあるテーブルを両手で何度も叩く。
その音で、窓際のソファでくつろいでいた田中仁八郎が振り向いた。
仁八郎「おやおや、どうしたんだい? 瀬暖ちゃん?」
瀬暖「タケルが、あたしを避けるの! 理由聞いても答えないし、しまいには逃げるし、ホント、ムカつく💢」
またバンバンと叩く。
仁八郎「もう少し、詳しく聞かせてくれるかい?」
事務所内にある冷蔵庫からジュースを出し、それを差し出しながら、ウインクしてみせる。
そして、さり気なく、窓際のソファへ誘った。
「ども」
短いお礼と共にジュースを受け取り、その場で一気に飲み干してから、促されるまま腰掛けると。
瀬暖「同じくらい高校に幼馴染の男子が居て。
小学生の時はいつも一緒に遊んでたし、中学の時も普通に話してたの。
なのに、高校入った途端に避けられるようになって。
理由聞いても“別に?”とか“そう?”しか言わないの。
今日も帰りに会ったから、一緒に帰ろうって言ったら、黙って素通りしてくから。
もう! 思わず全力で
“ウジウジすんな! 言いたいことあるならハッキリ言え!!”
って、本気の腹パンしてきたの!」
仁八郎「ふむ、そしてまだ怒り足りない、と」
返事の代わりに、ジュースの缶を持っていない方の手のひらでテーブルを数回、叩いた。
でも、今度は力を弱めたのだろう、音が柔らかい。
仁八郎「ふむ。その気持ちは分かるよ。仲良かった人が急に冷たくなって、理由も話さない。
それでは、仲良くするための打開策も見つけられないからね。
好きな相手なら、尚更だ」
そう言って、最後に意味深に微笑んだ仁八郎に、瀬暖はみるみる真っ赤になった。
瀬暖「ち、ちちちちちち、違う! 違う! 本当に、ただの友達! 普通の友達だから! もう! セクハラ!!」
中に少しだけ残っていたジュースがこぼれるのも構わず、両手を何度も交差させて顔を隠している。
「ふふふ。これは失敬」
そう呟いた笑顔が、少し強張っている。
仁八郎「今のは、ボクが勝手な推測で驚かせてしまったね。申し訳ない。言い過ぎだと反省するよ。
でもね。
“セクハラ”とは、言い過ぎではないかな?
その言葉は、時として絶大な威力をもって相手を完膚なきまでに攻撃する『言葉の最終兵器』だ。
そして。
強い武器の使用は、自分にも大きなリスクを伴うもの。
自分の心を守る最後の手段として、使いどころは気をつけたほうが良い」
瀬暖「そうかなぁ? だって、それくらい言わないと、また言うでしょ?」
仁八郎「言わないさ。普通なら、ね。
相手が拒絶反応見せたら、やめるのが普通。
それでもやめない時になら、使うと良い
‥‥‥話を戻そうか?」
一呼吸の沈黙の後、仁八郎はそれまで背もたれに体を預け「降参」とばかりに上げていた両手を膝上に戻した。
場の空気が変わったのを察した瀬暖も、つられて姿勢をもどす。
仁八郎は、真っ直ぐに瀬暖見つめて。
仁八郎「瀬暖ちゃんは、そのタケル君と以前のように話したり遊んだりしたいんだね?」
瀬暖「うん」
仁八郎「そのために、どんなに避けられても、何度も話しかけて理由を聞いたり、誘ったりした。
それは、瀬暖ちゃんが同じことされたら、どうだろう?
どう思う?」
瀬暖「理由によるかな?
ちょっと拗ねてた時なら、2回目くらいで機嫌なおるけど。
すっごく怒った時は、お菓子とか貰うまで怒ってる。
そっか! お菓子あげてみよっ!」
妙案とばかりに両手を打ち鳴らして、表情が明るくなった。
仁八郎「それは‥‥‥違うね」
瀬暖「ダメ?」
仁八郎「その方法は、瀬暖ちゃんだから通用するのであって、タケル君には効かないと思うよ?」
瀬暖「えー!? 良い方法だと思ったのにぃ!」
仁八郎「少し、オジサン臭い例え話をするね。
‥‥‥心の鍵穴というのは、人それぞれ形が違うんだ。それこそ、人の数だけあると思うと良い。
そこに、自分の経験と価値観だけで作った鍵を差し込んでも、開くことはそんなに多くない。
開かないからと、何度も強くガチャガチャやってたら、しまいには、鍵穴そのものが修復不可能なまでに壊れてしまうんだよ?」
比喩が難しかったのか、しばらくポカンとした後、それでも察しがついたのか、視線を再び仁八郎へ戻す。
その様子に目を細めてゆっくり頷き。
仁八郎「だからね、そういう時は、相手の気が済むまでそっとしておく。
どうしても待てないなら、方法のひとつとして。
‥‥‥心の鍵穴の形に詳しい人に頼ると良い。
そう、例えば、相手の身内や今も交流のある人に“さり気なく”ね」
瀬暖「おばさんとか、タケルの友達?」
仁八郎「瀬暖ちゃんのこともよく知っている友達だと、なお、良いね。
本人に気づかれないように、こっそりと」
見事なウインク。
瀬暖の頬がこれまでとは違う理由で赤らむ。
瀬暖「ありがとう! 仁さん! 聞いてみる!」
仁八郎「ただし、これはボクが編み出した独自の方法だよ?
カウンセラーや専門家じゃないからね、効果は絶対じゃあ、ない」
言い終えるのを待ちかねた様子で、勢いよく立ち上がると、もうドアへ向かっている。
瀬暖「試してみる! それなら良いでしょ?
お疲れ様です!」
扉を開けたところで、冬子とはちあった。
冬子「あら、急ぎ? 転ばないようにね」
瀬暖「冬子さん、お疲れ様です、さよなら〜」
走り去っていく速度が、小さくなる声で見えずとも伝わってきた。
冬子「あら、仁さん、こんばんは」
彼女が事務所に入った途端に、室温が一気に3度下がった。
仁八郎「や、やあ! 冬子さん。
飲み物でもいかがかな?
さっきまで瀬暖ちゃんと談笑していたところでね。
貴女はどのジュースが好きかな?」
冬子「‥‥‥冷たいものなら。凍ると膨張が大変だから、炭酸以外で」
仁八郎「お安い御用さ!」
そう言って立ち上がった仁八郎の顔色が、少し青くなっていた。
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「室中瀬暖」
明るい普通の高校生。
やや喧嘩っ早いところがあるものの、普段はそれを隠してうまく友達とも付き合っている。
友達が多いらしいが、親友はいない。
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「田中仁八郎」
自称「興行師」のイケオジ。
自身のことは話したがらないミステリアスな部分がある。
実は、お化けが大の苦手。
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「冬子」
雪女。
元は人間だったのだが、気がつくと雪女になっていたという。
しかし、見た目と周囲の気温を下げてしまう体質以外は、至って普通の思慮深い人。



