2025年11月23日、日曜日。この日、僕は配信9周年を迎えた。
そしてこの日、長年壊れて動かなかったツインファミコンのディスクシステムを、生配信で修理することに成功した。
本当はこの日、僕は普通にゲーム配信をする予定だった。
その前の配信でも修理配信を行っていたが、そこで修理することが叶わなかった。
その為、奇しくもこの9周年を迎えた日と、ディスクシステムを修理したタイミングが重なったという訳だ。
修理配信をした2回の配信で使った時間は計約15時間。
まさかこんなにも長丁場になるとは思いもしなかったが、無事に修理を終えることが出来、安心している。
そもそも何故、このツインファミコンのディスクシステムを修理しようと思ったのかという話だが、過去にも、修理をしようと思い色々なサイトを見たが、中々それを実行するまでに至らずそのまま放置していた。
その理由として、やはりもう長年動くことが無かったディスクシステムだから、ネットに書いてある通りに修理したとしても動かないのではないか?という半信半疑な気持ちがあった。
また、自分がプレイしたいディスクシステムのゲームは、別媒体で大体プレイ出来てしまうことから、修理しなくても良いという気持ちがあった。
だが、直せるなら直したいという気持ちも頭の片隅にあった。
しかし今年、ある方が生配信でツインファミコンのディスクシステムの修理に挑んでいたのを目にした。
考えてみれば、ネットの記事や動画で修理しているところを見ることがあっても、生配信上で見たことは無かった。
それをしばらく見ていたが、その方は苦戦しながらも、見事ディスクシステムの修理を成功させたのだ。
ディスクをセットし、内部のモーターが作動しデータが読み込まれ、ローディング画面が出てきてタイトル画面が出てきたあの瞬間は、何にも代えられない感動があった。
それを見た瞬間思った――。
「自分のツインファミコンのディスクシステムも直したい」
それがきっかけだった。
自分は、ある意味ツインファミコンと共に生きてきたと言っても過言ではないと思っている。
幼少期、物心つく前にはすでにそれがあり、その時からたくさんのファミコンのゲームをプレイしてきた。時には友達と一緒に、兄妹と一緒に、親と一緒に。
基本的にはカセットのゲームをプレイするのだが、ディスクシステムのゲームもいくつかあり、時々『スーパーマリオブラザーズ2』や『プロレス』などのゲームをプレイしていた。
ディスクシステムがある家は自分の周りでは珍しく、スロットにディスクカードを入れたり取り出した時の感触や音を感じたり、ディスクシステムのテーマを聴いたり、マリオとルイージがウロウロするデモを見ながら友達と楽しんでいた。
だが、ある時、ディスクシステムのゲームがプレイ出来なくなってしまったのだ。
いわゆるディスクシステムによく見られるタイプの故障で、内部のゴムバンドが切れてしまっているというやつだ。
このディスクシステムを直すために、父がよく修理に挑んでいたのを僕は目にしていた。
しかし、残念ながらディスクシステムが直ることはなかった。
考えてみると、ディスクシステムが起動していた期間はわずか数年に過ぎず、僕の中でのディスクシステムというのは、そのわずか数年の期間にあった出来事が全てということになる。
ディスクシステムが故障してからは、我が家にスーパーファミコンやプレイステーションなどの次世代ハードが導入され、それは過去のものとなっていった。
また、しばらく経ってからディスクシステムのゲームがGBAなどに移植され、その存在は僕の中で益々遠いものとなっていった。
しかし、どんなに年月が過ぎようと、どんなに新しいハードが出ようと、このわずか数年のディスクシステムの思い出は、僕の中から消えることは無かった。
思えば、ゲームから離れていた期間もあった。金銭的に余裕がない時期もあった。
それでも売ることを全く考えなかったのは何故だろう?
少なくとも、その頃の思い出は僕の中では良い思い出だった。
当然、当時はそんなこと考えもしないが、その後、大人になっていくにつれ、自分や自分の周りで悪いことが重なっていき、そんな折にツインファミコンを眺めながらふと思うのだ。
――あの頃は良かったな。って…
売らなかった理由、、、それはきっと、このツインファミコンやソフトを売ってしまうことは、その思い出ごと売ってしまう気がするから…だったのかもしれない。
そんなことを感じながらツインファミコンを分解する。
内部には、当時父が直そうとしたであろう痕跡があり、輪ゴムのようなものがモーターヘッドに硬まってこびりついていた。
それをマイナスドライバーで削ぎ落す。
そして、モビロンバンドをモーターとギアに取り付け、手でギアを回してみる。
すると、モビロンバンドが外れてしまい、取り付けからまたやり直し…。
この地味な作業が延々と続いていく。
結局これが中々解決せず、その日は修理を一旦打ち切りにし、後日ワッシャーを取り付け、モーターヘッドの位置を調整することにした。
修理2日目――。
ヨド〇シオンラインで購入した厚さ0.5mmのワッシャーを、モーターとネジの間に取り付け、再びモビロンバンドを取り付け、ギアを回す。
すると、何度やっても外れてしまったバンドが、外れずにきちんと回ってくれたのだ。
ようやく希望の光が見え始めてきた。
この時点で一旦動作確認をするが、残念ながらゲームが起動しなかったので、今度はディスクのヘッド調整を行った。
そしてまた動作確認…、ヘッドの調整…、これをしばらく繰り返す――が、中々起動しない。
あと何がダメなのか探ってみると、ディスクを押さえる部分のフェルトの摩耗が考えられた。
ネットを検索してみると、やはりその症状も見受けられ、解決方法が書かれていた。
そこで、綿棒の先っちょの綿の部分だけを切り、それをフェルトが着いていた部分に両面テープでくっつけ、動作確認をしてみた。
すると、、、画面がブラックアウトし、このツインファミコンでは長年見ることが無かったローディング画面に突入した。
そして――ついにタイトル画面までたどり着いたのだ!
久々に聴くBGMと久々に見る光景にテンションが上がる。
何よりも、このツインファミコンで動いていることが嬉しい。
だが、元通りにするまでが修理だ。まだ終わってはいない。
ディスクシステムはとても繊細な為、少しでも何かの位置がずれてしまうとゲームを読み込んでくれない。
その為、その後も何度も何度も動作確認をしながら、慎重に元通りにしていく。
読み込みが安定したところで、はずしたディスク部分をネジで固定し、ツインファミコンの上蓋をかぶせ、本体底面のネジ止めをして修理を終えた。
計約15時間…長い戦いだった。
しかし、一つ思ったことがある。
あの当時、まだインターネットも無い時代に、父はよく修理に挑んだなと。
分解しながら内部構造を理解していくのだろうが、よっぽど好きでもなければこんなことやらないだろう。
だからきっと、父はゲームが好きだったんだと思う。
そうでもなければツインファミコンだってゲームボーイだってスーパーファミコンだってプレイステーションだって液晶モニタ付きPSoneだってロクヨンだってプレステ2だって無かったはずだ。
こんなにゲームが機あった家は他に無かったから…。
父は仕事から帰ってきてはよくゲームをしていた。
父はよくRPGをプレイしており、その影響か僕もRPGが好きで、それを一人で黙々とプレイするのが好きだった。
しかし、当時のゲーム全般に言えるのだが、とにかく難しい…。
そこで頼りになるのが父だった。
僕は父のプレイするゲームを見た後、後日そのあとを追うように自分でプレイするのだ。
今だったらそれはネタバレを見てしまうことになるが、当時はそれで良かったし、それが良かった。
とにかく少しずつでも先に進めることが嬉しかった。
だから基本的には父のあとをついていくことになるのだが、一瞬だけ、父の先を行ったことがあった。
ゴッドスレイヤーで、ほぼノーヒントで探さないといけないイベントアイテムを、自分が偶然先に見つけてしまったのだ。
それを後ろで見てた父は、その後、すぐ僕を追い抜いていくわけだが…それでも、一瞬だけでも先に行けたことが嬉しかった。だからそれは今もはっきりと覚えている。
そんな父は今から10年以上前に他界したのだが、これらのハードは父が遺してくれたものだと思っている。
どういう訳か今、僕がそれら全てを所有しているのだが、あの頃と変わらず、今も全てのハードを使っている。
しかも、ここに来てディスクシステムも復活した。
そして、あの頃よく親兄妹友達とプレイしていたゲームは、形を変え、インターネット上で生配信を通じて、色々な人達と一緒に楽しめるようになった。
形は変わったが、今も、誰かと一緒にゲームをしているというこの感覚は、あの頃に似たものを感じている。
もし、どこかでハードやソフトを売ってしまっていたら、きっと今、ゲーム配信はしていなかっただろうし、ましてやディスクシステムの修理をするなんて考えもつかなかったと思う。
そのきっかけをくださった方や、修理の助言をくださった方に改めて感謝したい。
ゲーム配信を始めて丸9年が経ってしまったが、このようなやり取りや、これをきっかけにして生まれる繋がりも、インターネットならではのことで、本当に嬉しく思う。
だから、9年経ってもまだまだこのゲーム配信は楽しめるし、新しい発見があると思った。
当然、ゲームをプレイするだけなら配信などする必要がない。
だが、ゲーム配信には、一人でゲームをしていては見つけられない楽しさがあった。
それは紛れもなく、そこに見てくれる誰かがいるからだ。あの頃のように…。
そして、僕はもしかしたらこのゲーム配信を通じて、良い思い出が詰まっていたあの頃を、少しずつ取り戻していこうとしているのかもしれない。
過去には戻れないが、きっとそれが出来るのは、このゲームだけだと思うから。
ディスクシステムが復活して、いよいよこれからは、配信上では10年目にして初めてディスクシステムのゲームがプレイ出来る。
年代物の為、データが読み取れなくなってしまっているディスクソフトも少なくないが、また新たにゲームを積んでしまいそうだ…。
復活したツインファミコンのディスクシステムのモーター音を聞きながら、僕はそんなことを思った。