「本が好き!」という書評サイトの献本に当たりましたよっ!
ひゃっほい
こういう四六判の本は中々買えないのでうれしいです。
早速読んでみました。
プラージュというシェアハウスが舞台になったお話です。
シェアハウスといえば・・・そんな恋愛バラエティ番組ありましたね。
このお話でも恋愛要素は無くは無いですが・・・、それよりまずはみんな生きることに必死です。
なぜなら、このプラージュに住んでいる人はみんな多かれ少なかれ、脛に傷持つ身。
いわゆる前科者なのです。
「プラージュ」
はフランス語で「海辺」という意味。
海と陸の境界線、曖昧に揺らぎ続ける、人と人との接点。男と女、善と悪、真実と嘘、愛と憎しみ、そして、罪と赦し。
という一文があるんですが、この本のテーマがすべてこの文章に集約されてる気がします。
この作品、一人称で語られますが、語り手はその時々で変わります。
そこが群像劇感というか・・、それぞれの登場人物にそれぞれの事情がある感がよく出てると思います。
最初の語り手はたった一度、気の迷いで覚せい剤に手を出してしまった貴夫という男性。
普通のサラリーマンでしたが、反りが合わない上司に対してストレスを抱えていて、たった一度、周りに流されるまま、覚せい剤に手を出してしまいます。
「たった一度じゃないか」
と思うものの、そのたった一度で捕まれば、前科が付き、社会からドロップアウトしてしまう。
そしてそうなってしまった者に世間は厳しい。
職も家も失った貴夫は保護司から紹介されてプラージュに流れ着きます。
プラージュの変わったところは、一回がバースペースもある食堂になっていること。
住民が住んでいる居住区にはお店の中を通ってしか行けず、それぞれの住民の部屋にドアは無く、カーテンのみで入り口の目隠しがしてあること。
そして、住民がそれぞれ前科を持っていること。たとえば貴夫のように覚せい剤で捕まったり、大麻所持で捕まったり、殺人で捕まった人も居ます。
普通に生きていて捕まることって無いと思うのですが、この話を読んでいると、その境界は曖昧なものなのかもしれないと思えてきます。
ちょっとしたボタンの掛け違いや落とし穴で人は落ちてしまうのかもしれません。
それはこの物語の登場人物たちがみんな「普通の人」に思えてくるから。
それぞれの視点でこの話を読むと、登場人物みんなの考えに共感する自分が居るのです。
頑張ろうと思っても、世間は前科者に冷たい。
罪を犯した者に対して社会は優しくない。
悪人と悪人じゃない人の境目はどこなんだろう。
何をもって人は「罪を償った」と言えるのだろう。
そんなテーマが根底に流れる群像劇です。
月並みな言葉になってしまいますが、人を裁くのも、また赦すのも人なんだろうと思います。
そして、人は社会性を持った動物なんだろうな~。
と思いました。
余談ですが、喧嘩のシーンの描写でグロい・・まではいかないんですが、若干そっちよりの描写があった時に、
「あ、そうか。誉田さん、ストロベリーナイトの人だもんね」
と思いました。
ひゃっほい

こういう四六判の本は中々買えないのでうれしいです。
早速読んでみました。
プラージュというシェアハウスが舞台になったお話です。
シェアハウスといえば・・・そんな恋愛バラエティ番組ありましたね。
このお話でも恋愛要素は無くは無いですが・・・、それよりまずはみんな生きることに必死です。
なぜなら、このプラージュに住んでいる人はみんな多かれ少なかれ、脛に傷持つ身。
いわゆる前科者なのです。
「プラージュ」
はフランス語で「海辺」という意味。
海と陸の境界線、曖昧に揺らぎ続ける、人と人との接点。男と女、善と悪、真実と嘘、愛と憎しみ、そして、罪と赦し。
という一文があるんですが、この本のテーマがすべてこの文章に集約されてる気がします。
この作品、一人称で語られますが、語り手はその時々で変わります。
そこが群像劇感というか・・、それぞれの登場人物にそれぞれの事情がある感がよく出てると思います。
最初の語り手はたった一度、気の迷いで覚せい剤に手を出してしまった貴夫という男性。
普通のサラリーマンでしたが、反りが合わない上司に対してストレスを抱えていて、たった一度、周りに流されるまま、覚せい剤に手を出してしまいます。
「たった一度じゃないか」
と思うものの、そのたった一度で捕まれば、前科が付き、社会からドロップアウトしてしまう。
そしてそうなってしまった者に世間は厳しい。
職も家も失った貴夫は保護司から紹介されてプラージュに流れ着きます。
プラージュの変わったところは、一回がバースペースもある食堂になっていること。
住民が住んでいる居住区にはお店の中を通ってしか行けず、それぞれの住民の部屋にドアは無く、カーテンのみで入り口の目隠しがしてあること。
そして、住民がそれぞれ前科を持っていること。たとえば貴夫のように覚せい剤で捕まったり、大麻所持で捕まったり、殺人で捕まった人も居ます。
普通に生きていて捕まることって無いと思うのですが、この話を読んでいると、その境界は曖昧なものなのかもしれないと思えてきます。
ちょっとしたボタンの掛け違いや落とし穴で人は落ちてしまうのかもしれません。
それはこの物語の登場人物たちがみんな「普通の人」に思えてくるから。
それぞれの視点でこの話を読むと、登場人物みんなの考えに共感する自分が居るのです。
頑張ろうと思っても、世間は前科者に冷たい。
罪を犯した者に対して社会は優しくない。
悪人と悪人じゃない人の境目はどこなんだろう。
何をもって人は「罪を償った」と言えるのだろう。
そんなテーマが根底に流れる群像劇です。
月並みな言葉になってしまいますが、人を裁くのも、また赦すのも人なんだろうと思います。
そして、人は社会性を持った動物なんだろうな~。
と思いました。
余談ですが、喧嘩のシーンの描写でグロい・・まではいかないんですが、若干そっちよりの描写があった時に、
「あ、そうか。誉田さん、ストロベリーナイトの人だもんね」
と思いました。
