何やら物騒な話を持ち出しましたが、これは結構プログラミングのみならず、総ての人間の生活(or so-called "人生")に関わる問題じゃないでしょうか?
私が(プログラムできる)コンピューター言語に触ったのは、28で結婚した1983年(42年前!)のことで、シャープのポケットコンピューターのBASICでした。それから8bit、16bit、32bit、64bitとステップアップして現在に至るのですが、今は殆どのアルゴリズムやUIがコンポーネント化しており、ユーザーは低級プログラミングを行う必要が全くありません。(Visual Studioがその象徴ですかね?)
一方、当時は代入、四則演算やループ処理(循環処理、反復処理)や条件分岐などを一から書かなければならなかったので、大変でしたが、一方アルゴリズムを考えたり、より効率的な処理を工夫するという「人間系を鍛える」所もあったように思えます。逆に現在は殆どの処理がコンポーネント化して、細かいことを行う必要がなくなり便利になったのですが、「人間系が劣化」しているようにも思えます。(大体、古希を過ぎた私でも漢字が書けなくなってきているので実感されます。)
今後は(実際に私自身がやっているように)、粗書きをAIに任せてそれを弄るようなプログラミングから、総てAIに任せるようなプログラミングになってくるのでしょう。要するに「人間のすることはほぼ何もなくなる」という楽な世界、天国です。天国においては数学、物理、化学等有体物に関わる法則や原理について学習する必要もなく、又社会、政治、歴史、文化、言語等無体物に関わる帰納分析、演繹推論等を学習することも求められないかもしれません。
要するに、学ぶことが不要になる世界
です。では、その段階で人は何をするのでしょうか?
ただ本能(欲望)に任せて生きるだけ?家畜みたいに?
ははは!
漫画みたいで可笑しいですよね?絵空事でしょ、ですって?でも確実にそのようになってきているんじゃないでしょうか、私たち?
そう考えたら、再度「低級プログラミング」で何の役にも立たないコードを見直してみるのも、自分の脳味噌の錆を落とすにはよいのかもしれないかな?と感じてしまいます。
如何?
What do you think?