ブログ記事一覧|真実の古代史 -8ページ目
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真実の古代史
千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる。
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倉吉市大原(石上)と三朝町大瀬(勾金橋)に行ってきました
第12代景行天皇、第13代成務天皇、第14代仲哀天皇(260年頃から354年頃まで)について
日本書紀の仁徳と履中の期間、顕宗と仁賢の期間の倭国天皇はそれぞれ一人の天皇であり、反正・允恭の
安康天皇の石上穴穂宮と仁賢天皇の石上広高宮は倉吉市大原にあった
神武天皇の皇軍と兄磯城が戦った磐余邑は鳥取県北栄町米里集落である
武烈天皇・継体天皇・蝦夷について
日本書紀・天智・天武・持統について
蘇我稲目天皇は鳥取県中部(伯耆国)を活動拠点としていた
535年から乙巳の変までの110年の間の天皇は蘇我氏三代であった
雄略天皇の皇居、長谷の山(打吹山)に行ってきました
雄略天皇の皇居は鳥取県中部(伯耆国)にあった
縄文海進のピークは海抜20mあったとする倉吉住吉神社の案内板は正しいか
日本列島への渡来人
日本書紀・神武天皇にある畝傍山とは四王寺山であった
記紀の神武天皇・ヤタガラスの記述以降は鳥取県中部(内つ国)が舞台であった
古事記・日本書紀について 2
日本書紀応神の軽の坂上に造られた厩は倉吉市馬場町にあった
古事記・日本書紀について
山陰型甑形土器は倭の大乱の時にヤマト朝廷(孝霊天皇の一族)が使っていた
「蚊が噛む」と「すい~」について
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