ブログ記事一覧|真実の古代史 -6ページ目
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真実の古代史
千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる。
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根国での冒険の舞台は鳥取県倉吉市余戸谷町の清熊稲荷神社であり、第2代綏靖天皇の皇居は鳥取県北栄町
蘇我氏三代は倭国(鳥取県中部)に皇居があった正統な天皇である
天穂日は素戔嗚と稲田姫の御殿を守るため鳥取県の旧八頭郡にいた
須勢理姫(宇迦之御魂命)は宇迦能山の兄(大国主)と東山神社の父(素戔嗚)との間を行き来していた
日本書紀にある倭(鳥取県中部)王の武烈・雄略の人殺しの記述は後の藤原氏による改ざんである
猿田彦は鳥取県中部に土着の縄文人であり、徐福集団(天孫族)に協力していた
天孫降臨に関係する鳥取県中部の神社の祭神
宇迦之御魂命(スセリヒメ)を祀る鳥取県の神社38社(合併前の神社も含む)
古事記・「八雲立つの条」は改ざんされている
神武東征の目的は都を東に遷すのではなく東夷(青銅器文化の一族)を平定することであった
徐福は小さな湾(鳥取県北栄町)に到着し蒜山高原(岡山県真庭市)に上がった
熊野本宮大社の主祭神である家津美御子はヤマト王権と敵対していた鬼・猿・土蜘蛛・蝦夷と呼ばれる青銅
藤原四兄弟は新羅から来た疫病で亡くなった(737年)のではなく、新羅から来た刺客によって亡くなっ
天照大神と素戔嗚命のうけいは鳥取県淀江町の天の真名井で行われた
神武天皇たち四王子は鳥取県倉吉市の四王寺山にいた