ブログ記事一覧|真実の古代史 -9ページ目
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真実の古代史
千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる。
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藤原氏の明治政府で始まった大日本帝国軍隊の歴史
明治初期の太政官制について
法華寺畑遺跡は処刑場であった
第七節 お盆のルーツは倭人が建国した新羅に有った
第四節 百済精神を理解できない伯耆国
第三節 藤原氏は焚書坑儒をした。「焚書」について
第二節 藤原氏は大陸的手法である焚書坑儒をして いるが、「坑儒」について
第一節 藤原氏について (日本書紀は偽書)
第十節 卑弥呼の墓は安楽島集落から伊射波神社に行くまでの1.2kmの間にありはしないか
全国に散らばった青銅器文化の一族を平定していった卑弥呼の巡行
古事記の倭建命には卑弥呼が同行していた
第七節 伊射波神社の祭神は当初稚日女尊だけであった。(由緒など引用しています)
第六節 倭姫が最初に天照大御神を祀った神社は磯部の伊雑宮であり、外宮は月読が祀られていた
第五節 「邪馬台国は三重県にあった」を読んでの感想
第四節 千田の御池の説明版より
第一節 いざわ宮(磯部)と、いざわ神社(安楽島)に行ってきました。 その1
「倭姫命世記」は卑弥呼が祭祀場である奈良の纒向から離れた安全な居所を探すための巡行を記した記録で
邪馬台国(女王国)は志摩国であり、倭姫命は卑弥呼である
第八節 魏志倭人伝に書かれている卑弥呼の都の一番の候補地は志摩国の伊射波神社周辺である
鳥取県神社誌に見る天穂日を祀る神社と神戸の生田神社・志摩国の伊射波神社の由緒
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