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如何に生きるか

神経難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)になり、今後如何に生きていくかを考える事が多くなりました。徐々に進行していく病気と共に送る生活の中で、日々感じた事をブログで表現していきます。

結論、僕は声を大にして言いたい。
令和の新時代に日本の内閣府は「バリアフリー」なんかではなく、「MOVE FREE」を推し進めるべきだと。

ある日、友人と外食した時の話だ。
友人は「バリアフリー」の店をインターネットで探し、予約をしてくれていた。

ところが当日、店に行くと出入り口に10cm程の段差があった。当然、僕は自力で店舗に入る事が出来ず、店員の方に電動車椅子ごと担がれ、入店する事となった。

友人は「バリアフリーと聞いて来たのに、段差があるじゃないか」と凄く抗議をしてくれた。勿論嬉しかったが、少しそっとして欲しい気持ちもあった。

何故ならバリアフリーという言葉がネガティブであまり好きでないからだ。訳としては「障害を取り除く」となり、なんともネガティブな言葉だ。

僅か半年で身体が動かなくなり、今は治す術がない病でお先真っ暗だというのに、付いて回る言葉がネガティブだったら、それこそ溜まったものじゃない。あまりのネガティブさに僕自身を取り除いた方が早く解決するのでは?とまで考えてしまう。

バリア(障害)も人によって違うので、完全には取り除きにくい。

先程の10cmの段差は、僕にとってはバリア(障害)だ。何故なら僕の電動車椅子は5cm以上の段差は乗り越えられないからだ。
しかし、ベビーカーなら少し持ち上げて乗り越える人が殆どだろう。介助者がいる車椅子も問題ないかもしれない。

またバリア(障害)は、取り除けば良いというものでもない。例えば、伊勢神宮の階段が全てスロープ化され、砂利道は完全コンクリートになると雰囲気は近未来化され、風情もクソも無くなるだろう。景観を考えれば、取り除くべきではないバリア(障害)もあるという事だ。

ではどうすれば僕が生きやすい世の中になるか?それが「MOVE FREE」の世界だ。
どのような世界観かは、改めて語らせて欲しい。〈続く…〉