信頼関係の樹立
  信頼は、社会の複雑性を縮減するためのシステムです。社会を円滑に機能させるために信頼が重要であるのは、信頼関係が成立すれば、自らの安全の確保や行動指針の決定のために必要な確認や判断が省略できるからです。
 信頼関係が成立するためには、価値観の共有が前提となります。Aが出す要求は、Aの価値観に基づいたものであり、その要求が正当なものであると考えています。Bはその要求に応えることによって、Aの信頼を得ることができます。即ち、Bも同じ価値観をもち、自分の要求が正当であると認めたとAは考える訳です。その共感によって、Bへの信頼を抱くのです。
 教師が保護者の信頼を得るためには、保護者の要求に応えなければなりません。例えば、学力を向上させるとか、節度ある行動ができるように教育すれば、保護者からの信頼が得られます。
 この段階での価値観が共有されているならば問題にはなりませんが、より高度(低度?)な要求が出されて、教師が保護者の要求を理不尽だと考えると齟齬が生まれます。教師はその要求には応えませんから、保護者は不信感を抱くことになるのです。
 信頼関係を樹立させるためには、価値を共有することが必要ですが、こうした場合には、別の価値観に基づく共感に頼ることが必要になります。それは多分、より基本的な価値にならざるを得ないでしょう。例えば、教師も、子どもに良くなって欲しいと願っている、といった価値観です。そうした価値観に基づいて、互いの価値観を近づけようとする歩み寄りが必要となります。しかし、これは中々容易なことではありません。最終的にはどちらかの価値観で、押し切ることになるかもしれません。
 
※昨今の隣国に関わるニュースで、「信頼」という言葉が煩雑に出てくるの見て、思いついて書きました。