新約聖書 ヨハネの手紙1 4章7~8節
「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。」

愛されていますか?
愛していますか?

聖書には、すべてのものを創造された方を経験した人生の先輩たちの証言が満ちています。
子供から大人、あらゆる人種、職種の方々の証言が。
様々な状況で、それぞれの体験した神様をそれぞれの言葉で残してくれています。
その全体を読んでいくと神様の姿が明らかになっていきます。

あらゆるものを創造された方。
全知全能の方。
無限、無条件の愛のかたまり。
ゆるしと励ましに満ちた方。

この方の“愛”は、私たちが一般的に使っている「愛」とは異なります。

人の「愛」には「限界」と「条件」があります。

「もう愛せない」とか「愛していない」とか言ってしまうのがその証拠。

「もう愛せない」「愛していない」とか言う可能性のある神様なら、それは「無限無条件の愛」の神様ではありません。

ところが、神様は「無限、無条件」の愛の方。

あなたも“無限、無条件”に愛されています。

いつでも、どこでも、どんな状態からでも神様に帰って行くことができます。

神様の愛がどんなものか、短気で頑固で強権的でたくさんの人に取り返しのつかない傷を与えてしまっていた状態で本当の愛を教えられた使徒パウロがその愛がどんなものか伝えてくれています。

じっくり声に出して味わってください。

神様がそばにおられます。

「たとえ、人々の異言(いげん)、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
 たとえ、預言する賜物(たまもの)を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。
 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
 愛は忍耐強い。
 愛は情け深い。
 ねたまない。
 愛は自慢せず、高ぶらない。
 礼を失せず、
 自分の利益を求めず、
 いらだたず、
 うらみを抱かない。
 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
 すべてを忍び、
 すべてを信じ、
 すべてを望み、
 すべてに耐える。
 愛は決して滅びない。」(コリントの信徒へ手紙1 13章1~8節)

みんな、神様の宝物。
愛されるために生きています。

神様の“無限無条件”の愛だけが人を救うことができます。

愛されています。
無限に、無条件に。

感謝してこの愛をまわりの人にも届けましょう。
分かち合いましょう。

みんな宝物ですから。