新約聖書 ルカによる福音書 8章37~39節
「そこで、ゲラサ地方の人々は皆、自分たちのところから出て行ってもらいたいと、イエスに願った。彼らはすっかり恐れに取りつかれていたのである。そこで、イエスは舟に乗って帰ろうとされた。悪霊どもを追い出してもらった人が、お供したいとしきりに願ったが、イエスはこう言ってお帰しになった。『自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい。』 その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとく町中に言い広めた」

墓場に裸で住んでいた男がイエス・キリストによって解放されました。
彼は自分を苦しめていたたくさんの悪霊の束縛から自由にされました。
それを見聞きしたゲラサの人々は、イエスに「出て行ってほしい」と願いました。
どうしてでしょう?

「彼らはすっかり恐れに取りつかれていた」と書かれています。

悪霊に「取りつかれていた」男性が解放されると、まわりの人は恐れに「取りつかれました」。
イエス・キリストにウソやごまかしは通用しません。
悪霊も従うしかありませんでした。
人々も、そのままの自分を見られてしまいます。

イエス・キリストはそのために来られました。
人が自分のそのままの姿を「まっすぐに見る」ために。

「責める」ためではありません。
「神様にそのまま愛され、受け入れられている」ことを伝えるためです。

しかし人々は思い込みました。
「ヤバイ・・・」

神様の宝物として生きるためには、宝物として生きられなくしているモノを取り除かなくてはなりません。

イエス・キリストはそのために来てくれました。
責めるためではなく、解放するために。

信頼してだいじょうぶ。
イエスはあなたをただ愛するために生きておられます。