『目的主導の人生』 3日目
「何が自分の生きる基準になっているか?」
・親、兄弟、友達や仲間、まわりの人の評価
・手に入れたい物、有名になること
・見返してやりたい思い・・・ 復讐・・・
・安心を手に入れること
いずれにしても、どこか追い立てられているようで、終わりがない
「自分の人生を神様の計画を知りながら生きることよりも大切なことはない」。
フム・・・
昨日、聖書を読んでいて、とてもすてきな言葉に出会った。
「神の祭壇にわたしは近づき
わたしの神を喜び祝い
琴を奏でて感謝の歌をうたいます。
神よ、わたしの神よ」 旧約聖書 詩篇43編4節
この詩を書いた人は、詩の前後を読んでみると人間関係やら何やらで相当まずい状況になっていた様子。
どうにもならない中から、神様なのに、一人一人を愛して大切に導いてくれると信じてきた方に呼びかける・・・
「光とまことを遣わしてください」(3節)と。
そして、自分の暗闇が照らされ、自分も含めて何か変になっているところがあれば修正してもらえる時が来ることを信じて上記の部分を書いている。
やっぱり、あなたは「私の神さま」だった。
信じてて良かった。
感謝して歌わずにいられません。
私の神さま
やっぱり私の神さまは、とことんすてきな神さま!
・・・
何千年もたくさんの人が希望をもって生き、そして希望を失わずに死んでいった信仰を
わたしも生きてゆこう。
そう思うだけで、心がほんわかしてくる。
感謝。