ある宗教信者の行き過ぎた干渉によって、家族を無断で宗教に入信させる。
一連の迷惑行為による顛末の記録は本稿でいったん終わりにします。
こんな書き殴りの駄文乱文を、読んでいたただいた方がおられましたら、改めて深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
あれからどんな結末を迎えたかというと
本行為を重く見た私は、つながりのある議員さんに事前相談しました。
議員さんもこれを問題視し、団体の名誉に関わる重大インシデントとご判断されたのでしょう。私も同感です。
ただ、これは団体の問題というか、この勧誘者個人の資質の問題と思っていたので、穏便に収束することを望み、議員さんと打ち合わせしていました。
そして、
何度か、意見交換したのち
勧誘者は上長に随行し謝罪に来られることになりました。
組織体系はよく知りませんので、”総合長”がどのような役職かは存じません。
まあ、細かいことはどうでもいいです。
実は、本件について勧誘者本人から真摯な説明と謝罪があれば見過ごすつもりでいました。
それが、嫁とのLINE通話に
”旦那さんには謝っといて~”
みたいな。返答があったらしく、
悪びれることもなく、事の重大さも理解していないような
利己的、無責任ぶりがMAXだったので、
罰を与えるべく、事を大きくしたのです。
いわば、この議員さんも総合長も、勧誘者の非常識な行為の巻き添えとなって担ぎ出されたのがこの話の裏側です。
2024年12月8日、予定通り訪問されました。
その際の物的証拠は、お越しいただいた総合長と、陰で調整に動いてくれた議員さんに敬意を示すため、あえて残しておりません。
(したがって、以下の話は証拠がありませんので、信じたくない人は信じなくてOKです)
時間通りに訪問された総合長と勧誘者。
しかし、ここでも首をかしげる一幕が。
ふつう?、、、謝罪と説明に来たのなら、まずは上長が取り仕切って
一連の経緯説明と不手際があったならば謝罪をする。のが一般的だと思います。
それを、勧誘者が真ん中に陣取り、
上の者をさしおいて、弁明を始める始末。
本人から謝罪の言葉もありましたが、一般的な謝罪とは少し異なることに違和感を覚えましたね。
私からは、
「隠れて信心する(させる)のは邪教と変わらない」
「家族に背を向け、秘密裏に信心することがあなた方の信仰か」
「やるなら公明正大に、良心に恥じることがないなら堂々と出来るはず」
と言及しました。公明は、その団体の政党名でもありますし。
総合長からは、「その通りです、おっしゃるとおりです」と。
ほぼ、こちらの主張を認める回答でした。
実際の場面では、私も明るく振舞い、冗談も交えて穏便に話し終えたつもりです。
なお、この場に高校生になる長女も同席させました。
社会勉強として
交渉の場を経験してもらうために
人の本性を見極めるために
私が考えて同席してもらいました。
これ、仏典には書いていないでしょう。たぶん(笑
でも、私の考えでそうしました。
長女がこの体験をどのように捉え理解し、解釈したかは、本人の自由です。
そして、最後
勧誘者から、
「これでもうお会いできなくなりますが、皆さんのご多幸を願って
毎朝、祈りを届けます。」
と。。。
長女、ドン引き。(鳥肌
あ、この期に及んで、まだご自身の立ち位置が理解できていないのですね。
その姿勢が今日のこの場を招いたのに。
それでもまだ、お題目を送ります!ってことですね。
裏で動いてくれた議員さんの労苦を思いやることもなく、
総合長と謝罪に来ることになったのに、
普通なら、どうしてこうなったかを、自分の今までの行動を、見直す時でしょ。
まだ、お祈りするって。
思わず、言い返しそうになりました、
頼んでねぇよ。
いや、アカンわ。
だから、カルトおばさんと名付けたのです。
思考思念の、髄の髄まで、信仰に染まるとこうなるのでしょうか。
南無妙法蓮華経
だから、そんな造語めいたモノを送られても、何の効果もないんです。
あなたが信じたいという、自己満足による思いこみです。
その思いこみを他人の家にも押し付けたから、対人トラブルになったのです。
これが宗教脳?
世界の宗教信仰も、これと同じですか?
勧誘者たちが帰った後、
長女がこう言いました。
「いやー怖っ、鳥肌立ったわ!!」
「祈る!って、頼んでないし、やめてwww」
分かったやろ。
あれが信仰に囚われた人間の姿やで。
この状況でも己の試練として功徳に変えるため、あくまでも
信心を貫く。絶対自分主義。
人に迷惑をかけてでも、自分の功名しか考えていない。
なぜ謝罪することになったのか、を客観的に捉えられない。
お父さんがこれ問題視したのも、少しは理解できました?
『世の中には、こういう人がいる。
社会に出れば、いろんな立場の人間がいる。』
『人は見たもの、聞いたものを真実だと信じてしまう傾向がある。
ましてや、それが歴史の偉人だと、余計にな。』
空海が創ったとか、聖徳太子が言ったから、って。
そのまま信じていいのだろうか。
これを権威として悪用し、人を扇動、支配する世界がある。
行き過ぎると、カルトにつながる。
『絶対、こうだ!という決め付ける思考は、疑うこと、考えることを自分からも、相手からも奪う。
言われたままを信じるのではなく、いちど自分の頭で是々非々を考える、これを放棄したら相手の言いなりになってしまうよ。』
と、話しました。
無いものを在ると解釈し、誰かが作った架空、創作の話を、
実際にあったものと決めつけて思いこむ。
よくあるパターンで宗教指導者、教祖は〇〇の生まれ変わり
などと自称します。証拠はありません。
信じるほうがおかしいのです。
この勧誘者は、おそらく宗教2世です。
よく新興宗教では「子どもを強制的に入信させる」ということが当然のように行われるようです。
これって「人権侵害」だと思うんです。
「信教の自由」なら、自分で判断できない年齢のうちは強制的に入信させたらダメだと思います。
「権利」や「思想良心・信教の自由」を持ち出せば、何をやっても許されるのではありません。
公安監視団体があるのもその根拠です。
子供にとって、家族は「環境」だと思っています。
そしてそれは、子供の力では「変えられない」ということ。
私が本行為を問題にしたのは、
我が子が知らぬ間に、ある特定の思念や信仰へと他人の利己(その団体では功徳と呼ぶ)でもって誘導されることを防ぐためでした。
オウム事件をリアルで見た世代でもあるので、
親として当然の警戒ではないでしょうか。
この勧誘者は、自分の「権利」や「思想良心、信教の自由」は認めても、
それは同時に他人にも当てはまる自由、という視点が欠けているのではないでしょうか。
だから、謝罪の場においても、なにが原因でこうなったかには関心なく、
お題目を送りますという、火に油を注ぐような台詞が平気で言えるのです。
他人の利己でもって、子供たちの自由な思想や思念を妨げられることがあってはならない。
だから問題視し、顛末をブログにしたのです。
団体においても
未成年が入会する場合は親権者の承諾が必要としています。
もっとも、親がすでに入会しておれば、その子供も入会させることができるので、この団体が「人権」や「信教の自由」にどこまで配慮しているかは不明です。
最期の最後まで悩んだのですが、
謝罪に来てくれたら水に流すつもりでおりました。
もっと言うと、宗教活動(折伏や財務)の無いところで人間関係が続けられるなら、世間一般の、ごくありふれたママ友関係を妨げる気はない。
嫁の交友関係ですからね、私は関係ないので。
しかし、謝罪の最後に
「これでもうお会いできなくなりますが、皆さんのご多幸を願って
毎朝、祈りを届けます。」
という発言があった以上、これは付き合いできないと判断したのです。
またいつか、同じことをするから。
そのうち、我が子らを勧誘するかもしれない。
この人がカルト脳だから。
カルトを、家庭の中に入れることはできません。
これは、私の「思想良心の自由」です。私の側の権利です。
そして子供たちは、その是非を判断できる十分な年齢に達していません。
なぜなら、子は未成年です。
子の「利益」を保護・監護するために、子の監護教育や財産管理を行うのが親権者です。
当然ながら、勧誘者はわが家の子の親権者ではありません。したがって私はこの勧誘者に対し、わが子に思想や信仰を説く資格、権利を認めません。
また、私には登記簿に記されている土地建物の100%所有者兼居住者として『居住権』『管理権』があります。住居の居住権者や建物の管理者の意思に反した立ち入りは侵入とみなされます。なので、勧誘者を出入り禁止にしたのです。
20年近い付き合い(嫁が入会したのは8年前らしいが)のあった期間、我が家から財務(寄付・お布施)と称していくらの金が流れたのかは分かりません。当然のことながら嫁の交友関係に関心がないので、監視もせず、干渉もしなかったからです。(だから付け入られたのでしょう笑)
財務は‘’気持ち”ですから、少なくとも8年の間にいくらかは流れたとみるのが自然です。
家庭の金を自由に使うのも嫁の権利というなら、その使途は私の権利でもあります。そして基本は負債も共有です。
たとえば、嫁の知らないところで、私が勝手に適当な新興宗教にはまり
お布施として何百万円もの借金をしていいのでしょうか。嫁は半分払うのでしょうか。
さて、謝罪を受けたのちの、我が家ですが
まず、子供たちは元気に学校に通っています。
今の家で暮らすのが合理的とのことで、家から離れていません。
離れたけりゃ、さっさと働いたらいいよ、と言いました。
娘の人生は娘が決めたらいいのですから。
嫁は介護職の資格を取って、働きに出たようです。
専業主婦の控除枠にとらわれず、自立に向けて社会に出ていきました。
が、50歳を超えて介護職は大変みたいで、試用期間でギブアップしたようです。腰が痛いとか、コルセットが・・・と、言ってるみたいで。
コルセットなんか買わずに南無妙法蓮華経で腰の痛みも治したらいいのに。
そこは医学科学に頼らんと無理なんか?
ま、自立するなら何でもええです。
お望み通りの人生にしたらいいので。
音声データに残る、勧誘者の偉そうな説法と暴言・中傷。
公開してもいいですが、結局、
日の下に晒し出せば、上長に連れられて謝りに来ることに。
多くの信徒さんがこれまでに積み上げた功徳を吹き飛ばすような
そして、団体の名誉も傷つけるような不法行為、迷惑行為。
その証拠を突き付けられたら、こんどは謝罪。
勝利とは、ほど遠いな。
自己愛か何かから来る、万能感だったんですかね。
しかし、ご対応いただいた総合長、裏方で動いてくれた議員さんは同団体の一員でもあるわけですが、いたって話の通じる方々でした。
以前の投稿にも書きましたが、この団体関係者の全てがカルトとは思っていません。きっと、他の多くの信徒さんは普通の人々なのでしょう。
ただ一部に、功名心にかられた、カルト的な活動家が居るのでしょう。
以上が、現在の家庭の様子です。
家庭としての根幹は壊れていますが、経済的理由でつながっているみたいですね。
なんや結局、金かい。(笑
嫁はなんかいろいろ言ってるようですが、もう聞かないようにしています。
家庭に悩みがあるなら、家族で話し合って解決するのが先。
そう結婚前に取り交わした約束を守らなかったしね。
新興宗教に入っても解決しませんよ。遠回りするだけです。
なぜって、人の悩みは尽きないものです。
解決しても、また次の悩みが出てくる。
あと人って、自ら悩み事や心配事を探そうとする生き物です。
だからすべてが解決なんてないのですよ、死なない限りは。
そんなに宗教信仰で幸福になれるなら、この国には18万の宗教法人が認可されています。それ全部入ったらええがな。
どれだけ幸福になるか、自分の人生賭けてやれや。
嫁にそう言ったら、下を向いて黙っていました。
この母親の姿を見て、子供たちは何を想い
どう生きるのか。
自分自身で歩みながら、その道を作ってくれたらいいですね。




