アジカン『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』感想&レビュー【良作!荒波をサーフせよ】 | とかげ日記

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●【良作!】荒波をサーフせよ

ASIAN KUNG-FU GENERATION(愛称:アジカン)。オーソドックスな王道ギターロックでありつつ、ボーカルを聴かなくてもギターの音色とバンドサウンドを聴けば彼らだと一発で分かる無二の個性の持ち主のバンドだ。そして、後藤正文さんのボーカルは、速球(勢いやパワー)も変化球(深みやコク)もいける二刀流です。

そんな彼らのアルバムの中でも名作との呼び声も高い『サーフ ブンガク カマクラ』。この名盤がリリースから15周年を迎える今年、「完全版」として15曲(新曲5曲と既発曲10曲の新録)入りでリメイクして新たに発表された本作。オリジナル版も完全版も、各楽曲は江ノ電の各駅をモチーフにしている(そのため、ロードムービー的なコンセプトアルバムであるという一面もある)。完全版の15曲は全15駅に対応しているため、15周年を記念したまさしくメモリアルな完全版なのだ。

新録版『ソルファ』のときも思ったが、過去の作品が好きなファンの需要にアジカンはしっかりと応えており、"リスナー需要への目配り"と"アーティスト的エゴ"の間の優れたバランス感覚はポピュラーミュージックの中で随一だ。アジカンメンバー自身も過去の作品を大切に思っているのだと思う。

この完全版が発表されるにつき、何年ぶりかでもう一度オリジナルの方を聴いてみたら、とても良かった。「極楽寺ハートブレイク」においてT.Rex「20th Century Boy」やBECK「Loser」を思わせる冒頭のギターリフなど様々な音楽へのオマージュが見え隠れし、音楽愛にあふれていた。歌メロもスマートだし、リスナーを離さない適度かつ的確なエモさだし、リアルタイムで聴いたときには感じなかった「文学」を感じられた。

その音楽と同様に言葉にも力があるのだ。リリカルであり、様々な人間にエンパシーを寄せながら光景を描き切るそのタッチはまさに歌詞の言葉と濃やかな音楽が相互作用するアート。しかも、ウェットではない風通しの美点がある。一発録りに近いレコーディングであり、ラフな音源であることも風通しの良さに寄与しているのかもしれない。かの有名なグループ名ではないけど、心地よい湘南の風が颯爽と通りを吹き抜けていく。ああ、なんてカラフルで風光豊かなサウンドスケープなんだ…!

その後、本作完全版を一聴してみて感じたのは、15年前の当時の勢いは未だ衰えていないということ。完全版一曲目の「藤沢ルーザー」の新録から続くめくるめくロックンロールの応酬。みずみずしいビートの躍動感には、彼らのこれまでの経験値がしっかり音に出ている。パワーもポップも増し増しの生粋のロックンロールアルバムだ。

完全版には収録されていないが、最近発表された関連楽曲「湘南エレクトリック」での自由奔放でスリリングなエレキギターの熱にあてられてしまった。オリジナル版も完全版も当時から今に連なるロックンロールの美学が詰まっていてシビれる。アジカンとも縁が深い人気アニメの『ぼっち・ざ・ろっく』の影響もあり、ギターロックの時代がまた来るかも!?

複雑なコードや進行を用いずにシンプルなコードと進行だからこそ伝わるクリアーな音楽がある。そして、メタルとは対照的な爽やかな疾走感。この軽快なサーフ感を出すには打ち込みよりも生ドラムの方がふさわしいと生ドラム信奉者の僕は思う。さらに、歌声も子音までリズムに表現していて波を軽快にサーフィンしているようだ。つまりは、タイトで密室的なロックを鳴らす『ファンクラブ』('06)と対になるアルバムなのだ。

それでは、長くなってしまうため新曲のうちの3曲だけ、さらっと触れておこう。

🏄03. 柳小路パラレルユニバース(new!)
「今ここでなくちゃ意味がないでしょう」

この歌詞が象徴するように、過去の後悔と未来の不安を蹴散らし、今を生きている中でダンスし続けることを宣言している。それって、ロックミュージックがその原初から歌っていることだよね?

アルバムタイトルでオマージュしているWeezerの「Surf Wax America」的に木々をなぎ倒すような熱烈パワーポップ味を特に感じる。かと思いきや、短いギターソロがあったり、テンポダウンする箇所があったりと簡単にはいかないフックを設けるところがアジカンらしい。

🏄08. 日坂ダウンヒル(new!)
ところどころで鳴らされるギターの音色とフレーズにBECK風味なユーモアを感じる。

江ノ電の駅の一つである「鎌倉高校前」の旧名である「日坂」駅にちなんでつけられたそうだ。ダウンヒル(危険で激しいマウンテンバイクのエクストリームスポーツ)という曲名と穏やかな曲調が合わないと思ったが、このたそがれているサウンドからすると、日(陽〕がダウンする(落ちる)ヒル(丘)ってことなのかな? たぶん、後藤さんはそんなことは考えていないだろうけど。

スラムダンクからの名ゼリフ引用後のオリジナルの歌詞(それなら〜)はキラーラインだと思う。
「諦めたらそこで試合は終了
 それなら4試合は軽く終わってる」


🏄14. 和田塚ワンダーズ(new!)
「今日という愛しい日も
 もう二度と会えないんだよ」


パッと聴きでは凡庸と思える歌詞だが、この曲調の中で歌われると情緒を感じられて素晴らしい。歌詞の言葉もフックなんだなと改めて思う。思えば、比較的近作の曲「スタンダード」(『Wonder Future』('15)収録)も最初は歌詞の訴求力ありきでハマったんだよな。


笹口騒音率いる"うみのて"のファンとして、アジカン後藤正文さんがうみのてをフックアップしてくださった御恩は忘れない。しかし、そうした恩によるひいき目で見ないでもアジカンも"うみのて"も素晴らしい。いまふうに言うと、僕は笹口さんにも後藤さんにも"忖度"(そんたく)せずに言いたいことは言わせてもらう姿勢だが、アジカンの本作もうみのての作品も良作であるということに尽きる。後藤さんには、今後も期待の若手を音楽シーンに知らしめてほしい。

👆『ゴッチの日記』より引用

混沌の社会やタフな日常をサーフして生きる術をアジカンの音楽は教えてくれる。事なかれ主義なリアリストの悟りとは違い、彼らの音楽には日常から陸続きの"理想"がある。白と黒だけの二元論の罠にハマらず、その間にある総天然色のグラデーションを描けているのは、日本人としてのルーツも影響しているとも思う。

得意のパワーポップやキャッチーなギターロックだけではなく、本作でも最後の曲「鎌倉グッドバイ」で聴かせるもの寂しさのワビサビはアジカンならでは。多様な魅力にあふれ、リリカルに日常と理想を行き来するアジカンのことをこれからも応援しています!


👆全曲クロスフェード

《収録内容》new!とついている曲は新曲です。
01. 藤沢ルーザー
02. 石上ヒルズ(new!)
03. 柳小路パラレルユニバース(new!)
04. 鵠沼サーフ
05. 西方コーストストーリー(new!)


06. 江ノ島エスカー
07. 腰越クライベイビー
08. 日坂ダウンヒル(new!)
09. 七里ヶ浜スカイウォーク
10. 稲村ヶ崎ジェーン
11. 極楽寺ハートブレイク
12. 長谷サンズ
13. 由比ヶ浜カイト
14. 和田塚ワンダーズ(new!)
15. 鎌倉グッドバイ

Score 9.1/10.0

🐼オマケ🐼
王道ロックでリリカルな曲が好きなあなたへ。令和の世においてこんな素晴らしいロックソングを書けるソングライターがいるなんて…


👆ダニーバグ「my list」MV

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