踊ってばかりの国『moana』感想&レビュー【サイケな歌ものの最高峰】 | とかげ日記

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●サイケな歌ものの最高峰

2008年結成、5人組ロックバンドの8枚目のオルジナルアルバム。

Wikiを検索すると、アルバムタイトルのmoanaは、ポリネシア諸語で「大洋」を意味する語らしい。また、イタリアにはモアナ・ポッツィというポルノ女優がいたらしい。どちらを指すにしても、踊ってばかりの国の繰り出す茫洋としていてむき出しの表現にふさわしい。

他のバンドの名前を挙げることで、"踊ってばかりの国"の音楽性をマッピングすると…

ゆらゆら帝国やミツメのように、ほどよくサイケデリック。おとぎ話やグループサウンズバンドのように、どこかゆったりした中毒性のあるボーカル。インディーフォークのボン・イヴェールやROTH BART BARONのように音が繊細。 Yogee New Wavesやnever young beach、ゆうらん船のように、心地よいテンポのレイドバック歌ものとしても楽しめる。ミレニウムのようなソフトロックの柔らかさと温かさがある。そして、カネコアヤノのように、はっぴぃえんどに通じる日本語ロック(ポップ)の美しさがある。

僕が求めていた音楽の一つの答えがここにあった。踊ってばかりの国は、以前から音楽性はそれほど変わっていないが、今作も一音一音が研ぎ澄まされている。大瀧詠一『A LONG VACATION』に次ぐような滑らかな完成度がある。

#3「レムリア(Lemuria)」という曲がとにかく良い。この曲が飛び抜けて良いのでアルバムをレビューしたくなったのだ。

Wikiを引いてみると、レムリアとはイギリスの動物学者が1874年に提唱した、インド洋に存在したとされる仮想の大陸とのこと。レムリアが仮想の大陸という意味だとしたら、moanaに"大洋"の意味があることと繋がる。大洋を航海してレムリアという大陸を見つけるような、隠れたロマンを僕は発見する。

どれだけ自分の心をさらけ出せるかが芸術だとすれば、レムリアの「心が裸になれる場所 / 探し続けてるの」という歌詞に絡み合うメロディと演奏は、まぎれもなく芸術である。虹の風に吹かれるようなサウンドスケープに心のドアが開いていく。キンモクセイ「七色の風」のような爽やかさや清らかさを感じる後味になっている。

そう、踊ってばかりの国の音楽には、自分をさらけ出しているゆえの心の体温が宿っている。僕の好きなバンド"うみのて"にも通じるような、人肌の温もりが音像に立ち込められている。うみのてと踊ってばかりの国は霊性(精神の発露)のあり方に共通する部分が多い。ドブ川の地獄のようなドン底から、魂を満たす愛を歌っているという点において。

踊ってばかりの国のフロントマンの下津光史(しもつ こうじ)さんについては、飲酒したあとの暴行事件が話題になった。しかし、音楽と事件は切り離して考えるべきだ。人間性は多面体であり、音楽(または事件)はその多面体の一つの側面を描き出す(反映する)に過ぎない。事件を起こす下津さんの心にはピュアな悪魔もあり、複雑な天使もいるのだ。

本作を聴いていると、下津さんやバンドメンバーの内的世界を自由遊泳するようで、気持ち良く楽しかった。これからの活躍も期待しています。

Score 8.3/10.0

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👆うみのて率いる笹口さんといつか対バンしてほしいな^_^