YAOAY『AOR』感想&レビュー | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。

AORAOR
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●リリシストの吟遊詩人は春を売る

笹口騒音がYAOAYに改芸名してから初のアルバムであり、CDではなくデータでリリースされた。

新しくも懐かしくも聴こえるような、少し遠くで鳴っているような音響。静かにファルセットで語りかけるように歌うYAOAY。語りかける相手はリスナーというよりは神というような、遠くを見据えた眼差しを感じる。深淵をのぞき、深淵にのぞかれる、この音響にずっと浸っていたい。しかし、遠くを見据える神聖性がありつつも、僕らリスナーの一人一人に寄り添ってくれるような親近感もあるのだ。

本作で鳴っているのは、巷で流行っている邦楽ロックのような一時的な人気を得るためのロックではない。ロックの10年、20年先を見通したロックだ。日本のミュージシャンの中で、ロックの未来をその音楽で語れる稀有な存在がYAOAYだ。

言いたいことがたくさんありすぎたのだろう。全20曲というボリュームでのリリースだ。これは正直言ってかなり長い。もっと10曲くらいに濃縮したら、今年一の名盤になっていただろう。しかし、アルバム全体を通して見える一つの世界がある。AORとは、アルバムオリエンテッドロックでもあるのだ。

でもね、YAOAYがフロントマンを務めるバンド"NEW OLYMPIX"の方がやっぱり好きなんですよ。NEW OLYMPIXのバンド演奏のダイナミズムが好きです。YAOAY一人のジャッジだけでなく、他のメンバーのジャッジも入っている音楽の方が好きです。

しかし、本作には汚れていない純粋な表現欲求が刻印されている。YAOAY一人でジャッジしたからこそ、これほど純粋な表現になる。マスを対象にするとか、コア層を対象にするとか考えていない。マーケティングから離れ、吟遊詩人のように自由に音楽を紡いでいる。

歌詞もリリシストぶりが極まっている。祖母のことなど身近な人間のことや、「トーキングヘッズ」など固有名詞を交えつつ、世界を見渡す詞作。よくある邦楽ロックのような、半径5mの世界のことばかり歌う歌詞とは違う。YAOAYの歌詞は、自分のことを歌いつつも、他者性も社会性もある。

出色なのはオープナーの「売春歌」だ。『とかげ日記』読者には、記事の最後に貼り付けるこの曲のYouTubeだけでも聴いていってほしい。本作では曲によって、ドラムがある歌とない歌があるが、この曲はドラム入りで、このドラムが鋭く、かつ素朴な味わいで気持ちいい。

メロディも歌詞も採れたての野菜のように新鮮で良く、過去の笹口騒音の歌詞も出てきて、まさに笹口騒音の総決算であり、YAOAYの出発となる記念すべき歌だ。平熱も盛り上がりも曲の中にあり、緩急つけてYAOAYのYAOAYたる歌を歌っている。そう、YAOAYは曲の中でミクロなテーマを歌いながら、世界の全てを歌える存在なのだ。

収入もなしに暮らすという意味の霞(かすみ)を食うという言葉があるが、この曲は、YAOAYの特設ブログにもある通り、YAOAYは霞を売って生きていたいと宣言する、YAOAYの宣戦布告ソングだ。データ販売のデータが霞だとするYAOAYの解釈に納得する。かつて、「言葉狩りの詩」で歌った「血も汗も流さずに くたびれ儲けの銭が欲しい そんな歌が歌いたい そんな夢を叶えたい」という歌詞を地で行くYAOAY。そして、そんな生き方は僕はできないけれど、それを実現しようとするYAOAYの生き方に憧れ、応援したくなるのだ。

応援歌やラブソングじゃなくていい、ただ傍にいてくれるような歌をYAOAYには歌い続けてほしい。明日が待ち遠しくなるような春を売り続けてほしい。







Score 8.0/10.0