前回は同じ表現を繰り返したために、却って理解しにくくしたかもしれません。
現在、誰もが何気なく・無意識に「片頭痛」と表現しているのは、国際頭痛学会の作成した「国際頭痛分類 第3版β版」に記載されている「片頭痛」のことを指しています。
片頭痛という表現は、古代エジプトのパピルス・エーベルス(紀元前1200年頃)、さらにギリシャ文明の時代になって医聖ヒポクラテス(紀元前460~377年)に記述を残しています。そこでは、視野の中にギザギザした光が現れてものが見えなくなる現象、つまり視覚性前兆(閃輝暗点)に引き続き拍動性の頭痛が起こり、嘔吐を伴って発作が一段落すると記述を残しています。
このため、片頭痛という病は実在するものと信じられています。
しかし、頭痛の専門家のいう「片頭痛」は、「国際頭痛分類 第3版β版」に記載されている「片頭痛」のことです。
特に、頭痛の専門家のいう「片頭痛」は、まさにここに記載されている「片頭痛」のことです。
健康か病気しかない西洋医学の領域に、病理解剖学的所見のない(病気・疾患単位ではない)片頭痛を医師に認知させる目的で、症状から片頭痛を”定義”したものが「国際頭痛分類 第3版β版」です。ということは、「国際頭痛分類 第3版β版」で定義された片頭痛は、東洋医学でいう「未病」の領域に位置するものです。
専門家が「片頭痛」というのは、このように”定義”されたものを指しており、実在するものではなく、トリプタン製剤によって激しく酷い頭痛発作が緩和できたことから「病気」として扱われているだけのことです。ここを誤解してはなりません。
「頭痛専門医」が金科玉条のものとして遵守される「国際頭痛分類 第2版」の問題点について簡単に、かつ単純に考えてみたいと思います。
以下は、現役時代に経験したことです。
前兆のある片頭痛であれば最初の1回目でも、片頭痛の診断は可能ですが、問題は、前兆のない片頭痛の診断を下す場合です。この場合、「国際頭痛分類 第2版」では、5回同様の頭痛発作を繰り返して初めて「片頭痛」の診断が下されるように決められております。 ということは、最初に頭痛が起きた場合、中には、余りにも頭痛の激しさのあまり、救急で医療機関を受診される場合もあります。ここではCTなどの画像診断で異常所見はないはずですから、当然、対症的に鎮痛薬を処方され追い返されます。
ところが、いずれまた再度、頭痛発作が起きてきます。そして、また酷い頭痛であれば、また救急で受診され、また画像検査を繰り返され、異常がないわけですから、また追い返されます。このように、2度目も起きれば、当然「片頭痛の疑い」とでも一言本人に言えばすむことですが、何も言わずれずにまた追い返されるのが殆どです。
このようなことを繰り返すうちに、本人は「2,3日もすれば治まる」ということを”学習”します。この「2,3日間」が耐えられなければ鎮痛薬を服用されます。
このような方々は、それ以降、頭痛発作に見舞われても「医療機関を受診しても、高い画像検査をされるだけで、恐らく異常なし」と言われ追い返されるに違いないと判断し、毎回、鎮痛薬で我慢することになります。このような方々には、周囲に同じように頭痛を訴えておられる方も多く、このような方々は、殆ど鎮痛薬で我慢されるのを観察されておられるわけで、これを見習って鎮痛薬を服用しつつ、痛みを耐えることになり、鎮痛薬の服用回数などは気にされることはまず、ありません。このようにして、市販の鎮痛薬が効かなくなって初めて医療機関を受診するといった構図になっています。
また、別の場合は、頭痛の初発した段階で医療機関を受診され、画像検査をされ「異常なし」とただそれだけで追い返されます。再度、発作が起きても、また検査をされ、また追い返されます。このようなことが繰り返された場合、患者さんはどのように考えるでしょうか? 受診しても医者からは、何の説明もなく「ただ、異常なし」と突き放された場合、医師は「自分の痛み(苦しみ)」を理解してくれず、このため周囲からも冷たい目で見られることになり、本人は絶望感しかありません。このため、5回目の片頭痛と診断されるべき時点では、もう医療機関は信用されず、自分で「ただ、ひたすらに、痛み」を耐えるか、市販の鎮痛薬しか頼らなくなってしまい、挙げ句の果ては「薬物乱用頭痛」に追い込んでいくことになってしまいます。少なくとも、最初の発作時に、片頭痛の疑いとして、頸椎レントゲン検査でストレートネックの確認を行い、「セロトニン生活の励行」と「ストレートネックの改善」に努めさせれば、片頭痛はなくなってしまい、薬物乱用頭痛までには至らず、当然慢性片頭痛となることはないはずです。
しかし、このような配慮がなされず、大半は、このような経過を辿って「薬物乱用頭痛」へと移行してしまっております。最大の問題点は、このような視点が、現在の「頭痛専門医」にはないということです。
また、現実の患者さんを診療する場面では、「国際頭痛分類 第3版β版」に従って診断を下す場合、未だ片頭痛まで移行していない片頭痛の疑いの段階にある方々が多数おられます。
西洋医学を信じる方々は放置され、片頭痛に移行するまで無視されますが、東洋医学を信じる方々は適切に対処され、片頭痛まで移行させないように指導されます。
このように、西洋医学では、トリプタン製薬メーカーにとっては好都合のように対処することになっています。このようにまったく正反対の対処の仕方がなされます。
東洋医学を信じる方々とは、片頭痛は未病の段階・領域にあると考える方です。
このように、健康と病気の境目にある領域をどのように考えるのかがポイントになっています。
東洋医学流に考えれば、未病と考え、”養生方法”を考えます。
西洋医学では、「国際頭痛分類 第3版β版」に当てはめて考えます。
片頭痛に一致すれば、トリプタン製剤が処方され、一致しなければ一般の鎮痛薬が処方されることになり、養生方法などは必要なしとされます。
ということは、西洋医学では、鎮痛を第一義的に考え、頭痛そのものを根治させることは頭にはありません。これが、西洋医学の歴史的な特徴だからです。
このように考えるなら、西洋医学を遵守する日本の「頭痛外来」では、「片頭痛の診断と治療」に関しては世界一流で、「問診表」「頭痛ダイヤリー」に加え、独特な問診技術を駆使して、短時間で極めて正確に”片頭痛”の診断をくだし、適切なトリプタン製剤を処方してもらえます。診察時間は4,5分間の早業で済んでしまいます。
ただ、片頭痛そのものが治るかどうかは患者さん次第とされます。
3割は治るが、あとの3割は悪化し、その他4割は発作を繰り返します。そして、あなたが、どちらに転がるかは神のみぞ知るということで、あとはケセラセラということです。
これまで、片頭痛は不思議で・神秘的な・神聖な病気とされる、所以だからです・・
このように「鎮痛」だけは世界一流とのことで、慢性頭痛のなかで最も激烈とされる群発頭痛ですらトリプタン製剤で対処可能とされます。ということは鎮痛できないものはないと豪語されます。
以前、私のブログを批判された読者は、こうした事実を直視されていないようです。
「鎮痛できない頭痛」があるとすれば、頭痛の専門家ではないということになります。
このように、東洋医学流に「未病」の観点から、慢性頭痛を捉える考え方は、西洋医学では、”まやかし”そのものとされ、「代替療法」と蔑まれ、無視されてきました。
しかし、このような立場で、以前「片頭痛って治るの!?」を提示し、皆さんのご批判を仰ぎました。この考え方の基本は、私達の健康を損なうものは、すべて片頭痛の原因になりうる、という考え方です。そして、これらの原因が、私達の体のどの部分に害を及ぼしているかを確認した上で対処すべきと申し上げました。
今回「おかちゃん」から問題提起のあった「化学物質過敏症、電磁波過敏症」に関しても、このような観点から考察し、各界の専門家の考え方を模集しました。
今後とも、文明の発達に連れて、さらに私達の健康を損なう要因が次々に出現してくるものと思われます。このような事態に適切に対処できる考え方を構築しておく必要があります。
このように、東洋医学流に「未病」の観点から、慢性頭痛を捉える考え方は、かねてから生活習慣病でも、このように現在は考えられています。
さらに、認知症でも、このように考えるべきとされます。
認知症の宣伝に、健康人の物忘れと認知症の物忘れがまったく異なるものとされ、認知症にはアリセプトをとしきりに宣伝されていた時代がありました。
しかし、こうした2つの物忘れは連続したものと、最近では考えられるようになりました。その典型的なテレビ・コマーシャル例は、あるご婦人が買い物をされ、お店で品物の代金を支払ったまま、商品を受け取らずに店をでるシーンが紹介されます。
また、自転車で買い物をして、帰りは、自転車に乗って来たことを忘れて、そのまま歩いて自宅に帰り、娘さんに言われて初めて気が付くシーンも放映されます。
このように、認知症の初期症状を見事に捉えてコマーシャルに取り入れられています。
現役時代に、このように認知症の2つは連続したものであり、物忘れが心配になった時点で、その段階で、するべき認知症対策を行うべきと、患者さんと付き添いの娘さんに申し上げたところ、娘さんから激怒されたことが思い起こされます。
このようなことは、さらにガンでも同様です。薬物依存も同様です。
いずれにしても、東洋医学流に「未病」の観点から、慢性頭痛を捉える考え方が一般化されることになれば、慢性頭痛はこの世からなくなってしまう運命になります。
そうなれば、市販の鎮痛薬、トリプタン製剤の製薬メーカーは致命的な打撃を被ることになります。要は、死活問題になることは、馬鹿でも予測できることです。
こういったことから、資本主義社会にある私達は、こうした東洋医学流に「未病」の観点からの医学(代替療法と蔑まれる医学)は、蔑視・抹殺される運命にあります。
そして、いつまでも東洋医学流の「未病」の領域にある「国際頭痛分類 第3版β版」だけが脈々と生き続ける運命にあります。
そして、片頭痛は永続的に残存し、慢性片頭痛の患者さんが如何に増加しようが関係なしとされ、無視されることになります。
これが今回の「片頭痛は、”病気”なのか??」の結論です。
長い間、ご覧戴き、有り難う御座いました。