”聖アントニウスの業火”って何??? | 頭痛 あれこれ

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 「慢性頭痛」は私達の日常生活を送る際の問題点に対する”危険信号”です。
 このなかで「片頭痛」は、どのようにして引き起こされるのでしょうか。
 慢性頭痛改善は、「姿勢」と「食生活」の改善がすべてであり、「健康と美容」のための第一歩です。

麦角は、かつては恐怖の対象でした


 なぜなら、麦角で汚染されたライ麦を口にした人々が、次々に手足が侵される奇病に陥ったからです。
 麦角に含まれる化学成分(アルカロイド類)は、血管を収縮させて手足への血行を妨げ、ついには壊疽(えそ)を引き起こす作用があります。
 そのため、麦角菌に侵された穀物を口にして中毒におちいると、初めは四肢に強い熱感を感じ、やがて手足が黒ずんできて、ついには焼け焦げたようになり失われるといいます。
 熱感を伴うことと、手足が焼け焦げたようになることから、この病気は、中世には、 「聖アントニウスの業火」と呼ばれ、多くの人が中毒におちいり、そして亡くなっていきました。
 麦角についての古い記録としては、はるか紀元前600年のアッシリアの粘土板に「穀物 の穂につく有毒なイボ状隆起」として、麦角に対する警告が刻まれているといいます。
 しかしながら、麦角中毒の原因がわかったのは17世紀の末です。
 一旦、原因がわかると製粉所で警戒することで、聖アントニウスの業火の流行は速やかに抑えられました。


麦角中毒は中世ヨーロッパで「アントニウスの業火」として恐れられていました


 アントニウス=3世紀半ばにエジプトに生まれた聖人で『修道生活の父』と呼ばれました。裕福な家に生まれましたが、両親の死後、財産をすべて貧者に施して、祈りと瞑想の禁欲生活に入りました。その生活のなかで精神、肉体上の激しい誘惑と苦痛を受けました。 麦角中毒による苦しみがこのアントニウスの受けた苦痛のようであるということから中世ヨーロッパで流行した麦角中毒が『アントニウスの業火』と呼ばれるようになりました。
 また、魔女狩り伝説で知られる魔女とはいわゆる産婆のことで、医学の発達していなかった当時、陣痛促進薬として麦角を用いたり、またさまざまな薬草を利用して心身の病を取り除いていたといいます。
 その薬草を採取するためには、明け方が一番薬効成分の強まることから夜中に徘徊することが多く、これも神秘的な存在として見られていたようです。
 この「魔女」たちは調合する薬草の効果があればあるほど畏怖され、一方で不幸な出来事や天災さえもが彼女らの「魔術」のせいではないかと恐れられていました。
 が、医学が発達するにつれ、そのマジカルな有能さを排除する動きとなって、魔女狩りと称し火あぶりなどの刑に処されていきました。


 このように、中世ヨーロッパで、「聖アントニウスの業火」と呼ばれる病気が恐れられていました。麦に付くカビが産出する麦角アルカロイドと呼ばれるものが、幻覚や腹痛、手足の血管の過剰な収縮を起こし、ひどい時には手足の先端が黒く壊死してしまいました。火に焼かれるように原因不明の辛い病気が流行したのです。カビの付いた麦から作られたパンに含まれる毒素が原因とは分からなかったため、何か呪いと考えられていました。


麦角の毒


 麦角菌はエルゴタミンなどのアルカロイドという毒素を産生し、麦角が除去されないまま製粉されたものを食べることで引き起こす麦角中毒は、古く中世ヨーロッパでライ麦を主食としていた地方で多く発生しました。
 ちなみに、アルカロイドは一般的な山菜やキノコ中毒の時に起こる毒素で、毎年のように誤食のあるウルイ(ギボウシ・食)とバイケイソウ(毒)、フキノトウ(食)とハシリドコロ(毒)、ニリンソウ(食)とトリカブト(毒)などの毒素として知られています。
 
麦角アルカロイドの薬効作用


 麦角アルカロイドの向神経作用に着目し、合成されたのがライ麦に寄生した麦角菌から得られる物質をもとにしたLSDです。LSDは視覚や聴覚の幻覚剤として知られ、非常に少量で感情、思考、知覚を変化させる強力な麻薬です。
 また、麦角アルカロイドは子宮や血管などの平滑筋に直接作用しこれを収縮させます。古くからヨーロッパで陣痛促進や分娩後の子宮出血抑制に用いられていたのはこの作用を利用したものです。
 さらに、80年ほど前には片頭痛の治療薬としても導入されました。


聖アントニウスの業火、エルゴタミン製剤


 トリプタン製剤が出る前は、片頭痛にはエルゴタミン製剤という平滑筋を収縮させる薬(血管収縮薬)がもっぱら使われていました。片頭痛は脳血管が拡張して起きることから、血管の平滑筋を収縮させて血管の拡張を抑えようとしたものです。実際、この範疇の薬剤、カフェルゴット、クリアミン、ジヒデルゴットは片頭痛に効果を持ち、長いこと使われてきました。

 トリプタンが発売されるまでは、エルゴタミンは片頭痛治療の中心的な薬剤でした。
 エルゴタミンは麦角アルカロイドの一種です。これは、ライ麦などの穂に付着した麦角菌がつくりだす物質で、中毒を起こすことがあるために16 世紀には恐れられていたのですが、現代では薬用として利用されるようになっています。
 血管を収縮させる作用があり、片頭痛には広く用いられていました。しかし少量では若干効果が弱いので、同じように血管を収縮させる作用のあるカフェインと合剤にして、製剤として発売されています。
 片頭痛の治療を受けたことがあるやや年配の人なら聞き覚えがあるでしょうが、エルゴタミン製剤は、以前はカフェルゴットという商品名で売られていました。この薬は外国ではもちろんいまでも販売されていますが、トリプタンの発売によって儲からなくなったということで、日本では2008 年に発売中止になってしまいました。

 現在は、クリアミンAとクリアミンSという商品名の薬があります。しかし、この薬が使いこなせる医療機関はごくまれです。
 古くから片頭痛の特異的治療薬として使用されてきましたが、トリプタン製剤の登場で特異的治療としての役割は限定的なものとなってきています。現在はトリプタンで頻回に頭痛再燃がみられる場合に、使用されています(トリプタン製剤による乱用性頭痛に対して用いられ、現在でもなくてはならない薬剤です)。子宮収縮作用、血管収縮作用があるので、妊娠中は使用してはいけません。
 国内で使用可能なのは、クリアミンA(酒石酸エルゴタミン1 mg、無水カフェイン50mg、イソプロピルアンチピリン300 mg )、クリアミンS(A錠の半量)の2タイプです。


 エルゴタミン製剤は前兆のある片頭痛の場合、制吐剤をうまく併用することによって抜群の効果を発揮していましたが、問題は前兆のない片頭痛の場合、服用のタイミングが極めて難しく、患者さんは、痛くなってから飲んだのでは効かないので、痛くなる前に飲まなければなりません。患者さんは痛くなると大変だからと、頻繁に飲むようになります。また、ある程度痛くなってから飲むと、頭痛が治まらないばかりか悪心嘔吐を起こします。 つい”先手””先手”で服用せざるを得なくなって、知らぬ間に過剰服用となって薬剤乱用頭痛を引き起こしていました。

 現在では、エルゴタミン製剤はクリアミンとして残っておりますが、クリアミンの効能書きには、”頭痛治療薬”と銘打たれ、緊張型頭痛にも片頭痛にも保険適応となっていることから、一般開業医は頭痛診断がどうであれ(頭痛があれば)、安易に処方され、極端な場合は1日3回毎食後、延々と処方され、薬剤乱用頭痛を量産させていることも忘れてはなりません。緊張型頭痛の場合、筋肉への血行を悪くさせ、頭痛を増悪させます。
 このようにエルゴタミン製剤という頭痛薬は、使い方がとても難しい薬です。


エルゴタミン製剤の長所は?


 かってトリプタン系薬剤のメーカーは、比較広告の対象としてトリプタンの長所とエルゴタミンの短所を取り上げ、エルゴタミンに集中砲火のような批判を浴びせました。勿論このようなこともエルゴタミンの売り上げ低下につながったようですが、実際には、エルゴタミンはそんなにひどい「悪者」ではありません。
 トリプタンよりも早めに服用することができる、効いている時間が長いので薬が切れる頃に頭痛が再燃することが少ない、服用日数が多くなってもトリプタンのように効かなくなってくることが少ない、などの利点があります。
 また、あまり医学的なことではありませんが、薬が安価であることもメリットの一つでしょう。エルゴタミンの有効率がトリプタンより低いからといって、これで効いている患者さんなら、わざわざ薬を変更する必要はありません。
 トリプタンが発売になったとき、それまでエルゴタミンをもらっていた担当医から、「今後こんな危険な薬は使えない。トリプタンに切り替える」と言われて全面的に処方が変更され、しかもトリプタンが効かないということもありました。こうした馬鹿げた専門医が極めて多く存在しました。まさにトリプタン製薬メーカーの販売員のような医師で、現在でも五万とおられるようです。エルゴタミンが効いて、トリプタンでは効かないという患者さんもときどきおられます。ここが大切な点です。


エルゴタミン製剤の使い方のポイント


 エルゴタミン製剤(カフェルゴット、クリアミン)は血管収縮剤です。これを頭痛の初期に使います。
 1錠で効果がなければ、30 分後にもう1錠追加します。添付文書には1日6錠までと書いてありますが、私は1日4錠にして下さいと大体お願いしています。エルゴタミン製剤は頭痛がひどくなったらあまり効果がありません。頭痛の初期に使う必要があります。
 そして、連用、乱用で薬剤性頭痛を起こしますので、1日最高4錠、1週間に最高10錠にして下さいとお話しています。
 また、高齢の方や心臓の悪い方にはあまり使わないほうがいいというふうに言われています。
 最初に前兆があって頭痛がする方が、エルゴタミン製剤を服用する場合、頭痛がひどくなってから服用しても、効きません。前兆が出現した段階で服用し、1錠で効かなかったら、あきらめずにもう1錠使う、そうすると1錠で駄目でも非常に効く場合があります。
 どうも医者は頭痛薬に関して慎重で、効かなかったら2時間くらい空けてからもう1回使って下さいと、エルゴタミン製剤でも、鎮痛剤でもよく2時間あけなさいというのです。
 それは薬同士の作用から2時間というのが割に言いやすい時間なのですが、エルゴタミン製剤に関しては2時間待って飲んだらもうひどくなってますから、それはもうほとんど意味がなくて、使うのであれば、早く30 分後に、使ったほうがいいのです。
 発作のごく初期、特に目がチカチカするタイプの前兆を伴う片頭痛の患者さんは、なるべくこの目がチカチカしているときに飲まないとほとんど効果がないのです。それから、これは脳の中のドーパミン系という所にも作用するお薬ですから、吐き気が出てしまうのです。飲んでも吐いてしまう患者さん、それでも我慢しながら飲んでいる患者さんはいらっしゃいます。それから、飲み過ぎで、依存性が出やすいのです。 1週間に10錠以上、人によっては12錠という先生もいらっしゃいますけれども、1週間に10錠から12錠以上毎日連用していると、だんだん依存性を来して、手放せなくなってくるのです。しかも、このエルゴタミン製剤は、脳の血管だけではなく全身の動脈に作用します。したがって、気をつけて使わないと、だんだん手足の先端から冷たくなってくる。いわゆるレイノー症候群と言いますけれども、だんだん冷たくなってきて、それを無視して飲み続けると、だんだん指が腐ってくるというようなことを起こす患者さんも実際にいらっしゃるのです。
 私も過去に3人見たことがあります。指を切断された方です。そういう意味では非常に恐ろしい薬です。
 それから、これらのエルゴタミンというお薬の代謝系の問題で、ある種の抗生物質、最近よく使うマクロライド系の抗生物質、あるいは胃薬の中でタガメット、このようなお薬と慢性的に併用することによって、だんだんエルゴタミンの血中濃度が上昇して、動脈の収縮が強くなって、手足が冷たくなる症状が進行する場合があります。
 ですから、このエルゴタミンをお使いになるときには、日常普通に使うような抗生物質でも、よくお医者さんに選んでもらって使わないといけないという注意が必要になってきます。


 そして、忘れてはならない点は、群発頭痛の場合でのエルゴタミン製剤の価値です。

 群発頭痛の患者さんは、群発期(2~3カ月間)には毎日のようにある一定の時間になると激痛に襲われます。
 群発頭痛の場合は、予防薬をまず使うことになりますが、予防薬が効くまでの間のたちまちの”鎮痛薬”が必要になります。このような激痛を抑える際に使われるのがエルゴタミン製剤です。激痛がくると予測される時刻の約1時間前に、あらかじめこのエルゴタミン製剤を服用さえしておけば激痛は抑制されます。人によっては、1日の2回服用することもあり、これを仮に3カ月間連用しても、依存性を来すことなく、副作用もなく群発期を凌ぐことが可能です。こうした場合、高価なトリプタン製剤の注射薬は連日使用しなくてはならないことを考えれば経済的に無理があるはずです。ところが、現在では、イミグラン注射薬しか保険適応となっていない現実があります。このような群発期を乗り切るためには、安価な薬剤が必要とされるはずです。
 ところが、エルゴタミン製剤でただ一つ残っているクリアミンは群発頭痛は保険適応にはなっていません。

 そして、群発頭痛治療の基本薬とされる予防薬ですら保険適用にはなっていません。

 しかし、高価なイミグラン注射薬しか保険適応となっていない現状があります。この高価なイミグラン注射薬が保険適応となった背景には患者団体の厚生労働省への陳情によって認可された経緯がありますが、エルゴタミン製剤でただ一つ残っていたクリアミンが群発頭痛への保険適応がなく、高価なイミグラン注射薬だけが認められているという現実は一体、何なのでしょうか? 群発期間中、毎日、高価なイミグラン注射薬を注射しろ、ということなのでしょうか?
 まさに、群発頭痛の患者さんを馬鹿にしているにも程があると言わざるを得ません。
 そして、このような陳情を行い、認可させた患者団体とは何なのでしょうか?
 頭痛医療を取り巻く世界は、まさに複雑怪奇な魑魅冥猟の世界のようです。


 このようにエルゴタミン製剤の使われる場面は確かに限られてきていることは事実ですが、患者さんのなかには「エルゴタミン製剤」しか効かない方もいらっしゃることは忘れてはならない点です。そして、「依存性」を問題とされますが、トリプタン製剤の方が、もっと依存性があることも忘れてはなりません。
 トリプタン系薬剤乱用による薬物乱用頭痛では、頭痛の性質として従来からある”片頭痛の重症化や頻度の増加”として現れることが多く、エルゴタミン製剤や鎮痛剤に比べて少ない服用回数でかつ早く薬物乱用頭痛に至りやすい傾向があるのも特徴とされています。
 この点を忘れてはなりません。トリプタン製剤のほうがエルゴタミン製剤以上に「依存性」があり極めて容易に薬剤乱用頭痛になることを忘れてはなりません。


 以上のように、片頭痛治療薬として「トリプタン製剤」が第一選択薬と現在されてはおりますが、このような「依存性」の面からだけ考えても、「トリプタン製剤」に頼り切ることには問題が多いはずです。とくに前兆のある片頭痛には、制吐剤をうまく組み合わせることによって抜群の効果を発揮するのがエルゴタミン製剤です。また、群発頭痛の場合の頓挫薬としての「エルゴタミン製剤」の価値は未だに捨てがたく貴重なもののはずです。
 そして、最大の魅力は値段が安いことで、これに尽きると思います。
 しかしながら、群発頭痛にはイミグランの注射薬しか現在保険適用になっていない点には、まさに疑問を持っております。
 ここにも、トリプタン製薬メーカーの関与を想起せざるを得ないところです。


 さすがに、今もエルゴタミンを常用している方は少数派だとは思いますが、片頭痛治療の専門医に相談してトリプタンに切り替えて下さい。
 こうしたことを宣われ、さらにエルゴタミン製剤のような危険な薬は処方しないと公言される専門医もいるようです。まさに、慢性頭痛の何たるかが理解されていないようです。


 こうして見る限りエルゴタミン製剤は果たして「聖アントニウスの業火」なのでしょうか?


 昔から、「馬鹿と鋏は使いよう」との諺があることを忘れてはなりません。