仕事仲間の父上が亡くなられた時のこと。

「故人を偲ぶ」という言葉が

あんなにしっくりくるご葬儀に参列したのは

初めてだった気がする。

 

本当にデザイン一家らしいお別れの場だった。
父上が会社員時代に手掛けられた製品やデッサン、
父娘コラボの木版画展の様子や個人作品も

数多く展示されていて、

何より子供たちがもう立派に大人になってからも、
あんなにも素敵な家族写真がたくさんあることに、
参列した誰もが心を打たれていた。

 

最近いつ父親と写真撮ったっけ」とか
「しばらく実家に帰ってなかったなぁ」とか
その場にいた皆が自分の家族を振り返っているような、
哀しくもあったかいお別れの式だった。

 

この歳になると、誰かを見送る場面に立ち会うことが多い。

以前はどうにも苦手だった。

不意に見舞われた不幸に涙する人たちを見るのも辛ければ、

それを自ら体験したことがない身としては、

そこに自分が居てもどんな言葉をかければよいかわからず、

ましてや我がことで精いっぱいの毎日を送っていると、

予定外の予定に自分のやるべきことが突然遮られるのを

うっとおしくさえ感じている利己的な自分もどこかにいた。

 

でも、いつからだろうか。

大事な人であればあるほど、きちんとお別れすることが

何より生きている者にとって必要なことなんだと、

すっと体に入ってくるみたいにわかるようになった。

 

ただその人を想うこと。

義理やしきたりや付き合いだからでなく、

もう会うことのできないその人を想い、惜しみ、

心から安らかにと願う。

宗派や作法などはどうあれ、

ただただその人を想う、お別れはそれだけでいいのだ。