夜中から続く余震で、お寺さんには行けなかった。


午後2時46分、サイレンと共に、息子と黙祷をした。






体育館側を通る度に感じた寒さと苦しさ・・

行き場のない悔しさから、私に訴えてきたのかもしれない。











どうか、一日でも早く、家族の元へ帰れますように・

安らかに、眠りにつけますように・・

3月11日午後2時46分



あれから1ヶ月・・



そして、7日の余震によるライフラインの切断・・。


何だか一進一退で、今どこに向かっているのか分からなくなるような日々・・。



そして、最近特に感じるようになったのが、行き場もなくさ迷うたくさんの魂達・・



出勤時に通る体育館側の道路。
ある時からそこを通ると、息苦しくて冷たくて重くて・・
一体この苦しさは何なのだろう・・そう思っていた。
今はもう安置されてはいないけれど、後からその事を聞いて、
「あの苦しさは、そういうことだったんだ」と思った。


一週間程前の朝日新聞に、雪の舞う瓦礫の山の中でお経を唱える若い和尚さんの写真が、大きく掲載されていた。


そして昨日、仕事帰りに立ち寄ったスーパー。
見ると店内には
「県内では明日の2時46分に、亡くなられた方への心からの哀悼の意を込め、黙祷を捧げようという大きな動きがあります。
明日は、私達も黙祷を~・・」
という貼り紙がレジなどに貼ってあった。



沿岸のあの沢山の瓦礫の下には、まだ眠りにつけないでいる方々が大勢いらっしゃいます。

夜になると、未だ浮かばれない魂達が、あちこちで光っているという。

テレビでは報道されない、悲しく悲惨な光景が、そこにはある。

あの日のまま、時間が止まってしまった魂達を、きちんと弔ってあげるのも、ここで生きている私達の役目だと思う。





なので皆様、ほんのちょっとだけでいいんです。
その方々のためにも、一緒に祈りを捧げて頂けないでしょうか?
それぞれの宗教のやり方でいいんです。
悲しみと苦しみの中で、浮かばれずにいる魂達を、救ってあげたい。
それには、多くの生を生きている人の、願いが祈りが必要なのです。
どうか、皆様の力を貸して下さい。
その時間の前でも後でいい。
皆様の力が必要なのです。




    
昨日の、震度6強の余震(宮城の方から、あの地震より怖い揺れだったと聞きました。これで余震・・恐怖と不安がつのります。)




私の市は5強でした。



地震警報と同時に、下から突き上げられ、激しく横に揺られました。
遅い夕飯を取っていたので、テーブルの上の味噌汁はぶちまけられ、部屋の物が倒れたり落ちたりし、真っ暗になりました。
真っ暗なまま「ガタガタ」という音を聞きながら、息子を抱きかかえながら暫く揺られました。




近所の人達も、深夜の地震と停電に、バタバタとしていました。

間もなく、救急車と消防車のサイレンが鳴り響きます。

「また始まった。」


そう思いました。
(深夜の地震と停電で、市内には火災や重傷者を含んだ怪我人が多く出ました。建物等の被害状況は停電も影響し、把握できていません。)





職場へ行き、電灯を片手に昨晩の地震の後片付け。
営業を再開し、これから!という時のこの状況で、落胆の色はありましたが、辛い時こそ笑顔・・という意識が無意識に働いたようで、今日は皆笑顔でした。(不思議なもので、なぜだか本当に元気になれちゃうんですよね。)
近くの営業所の損傷が大きく、うちの営業所に応援要請が来ました。
(私は、子供と目の事もあるので、会社に残り、一通り作業をした後、有給を頂きました。)






午後5時現在、私の家も会社も、停電と断水は解消されました。


しかし、まだまだ余談が許されない状況です。

いつまた余震があるか・・

また、余震に備え、おにぎりや水を準備する生活に戻ります。







これ以上、苦しみや悲しみが増えませんように・・



落ち着いたら、また更新します。



皆様と、皆様の大切な方もどうぞご無事で・・