震災から2ヶ月経った。



こんなにも、恐怖と不安と悲しみと苦しみと・・後悔と怒りと懺悔と苦悩と感謝に満ちた日々を過ごした事はあったろうか。



同じ志を持って学び舎を共にし、自衛官や警察官、消防士や県職員になった先輩や同級生、後輩達‥

皆、無事だったのかな・・

そして今、どんな想いで職務に当たっているのだろう・・



色んな混沌とした想いを抱えていると、どう生活をしたらいいのか、どんな日々を過ごせばいいのか・・もはや分からなくなっている・・。



そんな中、GWに相棒の実家のある宮古へ行ってきた。

震災から2ヶ月経っていた事もあり、道路の瓦礫は撤去され、時折ミニパトや自衛隊の車両が通行している。















まるで現実感がない。
そこには元々家屋なんかはなく、最初から瓦礫が存在していたのかのよう。
そう、まるで映画のセットみたいに。
辛うじて何とか残っている家屋には、赤のスプレーで壁に「撤去OK」と書かれている。
右みても左見ても「撤去OK」の赤文字が、瓦礫に混じって視界に入る。
そこには確かに生活があったのだ。
足元に転がる泥だらけの漫画本、子供の玩具に調味料・・

「一体これは・・」

言葉もなく、涙を流すでもなく、私達は、ただ呆然とそこに立ち尽くすしかなかった。


民放のメディアは、真実を伝え切れていない。
真実をきちんと伝え切れているのは、おそらく新聞社だけだ。
東北にも、梅雨がやってくる。
いつもより暑い5月に、辺りには腐敗臭が漂う。
もはや男なのか女なのか分からなくなってしまった遺体・・火葬も出来ずに「不詳」と書かれた戒名の木板の下に埋められている・・

事態は・・好転などしていない。

これが現実なのだ。



(この記事をUPするのに、ゆうに1ヶ月かかってしまった。何を書けばいいのか、今までみたいな記事を書いていいのかも分からす、書いては消し、放置しの日々・・。今までみたく皆のとこに遊びに行く事もなくなってしまった。今までと同じように、yasuを想う事さえ罪深い事のような気がして、意図的に避けていたような気もする。浮かばれずにいる魂達を想うと、音楽を楽しむ事さえ罪に感じてしまう。本当にどうしたらいいのか分からないのだ。

明日の発売日・・予約すら出来ずに今日の日を迎えてしまった。

私・・戻っていいのかな・・


普通の暮らしをする事がこんなにも難しいなんて、私、知らなかったよ
・・)