では、なぜこれを鈴綱・鈴紐、あるいは鈴縄とは言わず鈴緒というのでしょうか。
新潮国語辞典にもあるように、『緒』という言葉には、「魂をつなぐもの・いのち・玉の緒」という意味があります。そして「へその緒」という言葉も思い起こします。
神が現れるとき。神のおとづれは、『音連れ』。
シャーマンが神を降ろすとき、衣服に小鈴を多くつけて身を振って鳴らすといいます。
中国文学者白川 静氏の著書『漢字百話』には、『神にはことばはない。ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。神意はその音ずれによって推し測るほかはない。』と書かれています。
神意はやはり察し、推し量るもの。いきをこらし、心を整え、耳を澄まして待ちましょう。緑に囲まれた静寂な空間の中で。
さて、『鈴緒』は、神様にお願いをするとき、参拝の方が触れることが出来るただひとつのもの。
それは縋るもの。
心を込めて、両手でしっかり握り振りたいものです。(祇園神社 HPより)
少し、勉強した神社になりました。
神仏の社が好きな割に、ざっくりで済ましてしまう自分に反省。
いい神社でした。
秋のお祭りをみたいところ・・・ですね。
龍神社・・・。
とても、霊験あらたかに・・・って感じです。
光をあて、その地をいつも確認するのですが
ここ龍神社は確かに!
静かにですよ。しずかに・・・・。
田辺にこのような場所があることを知らない方が多いのだろうね。
境内を降りると、まっすぐに伸びる道が・・・・
やはり、行ってしまうのは僕の悪い趣味なのだろうか・・・。
あっ!鳥居だ! そっか、この神社は前後ろに入口があるのか!
この鳥居の下は田畑です。
そうこれは偶然??
そこからみえる景色は三年?二年前?に、焚火を当たらせてもらったところが見える。
その場所で、子供を事故で失ったおじいさんの話を聞いたところ。
結婚が近づいていた娘が事故に遭い悲しみを背負った話。
お亡くなりになる寸前のこと。
そうして、孫がその娘さんと同じ夢を持っていて、
また失うかもしれない恐怖感があるお話。
あのおじいさんはどうされたのだろう?
お店までおいでと言ってくれたものの、行けないでいた僕の心の罪悪感がある。
お亡くなりになった御嬢さんはこの地に眠っているのだろうか?
僕は自分が不思議なご縁に導かれ、人と会い、そうして一期一会を続けている
この日はそのお嬢様の魂に触れ、ご挨拶をしたのかもしれない。
道成寺の正面には、62段の石段があります。この石段は、昔から「のぼりやすく、おりやすい」と言われます。
この石段には秘密があって、左右の土手が平行でなく、逆ハの字に開いています。石段自体は平行ですが、その左右の斜面が上は広く、下がせまく、全体として台形の石段になっています。
七不思議2、仁王門
七不思議3. 三重塔
三重塔を再建していた棟梁さんが、二階まで組み上げて、下に降りて休憩していたそうです。すると、一人の巡礼が通りかかり、話しかけました。
「棟梁や、扇垂木って知ってるか?もっと美しい塔にできる方法があるぞ」棟梁は、巡礼の言う通りに三階を扇垂木にしてみると、見映えが一層良くなりました。「ああ、一階も二階も扇垂木こうしとけば良かった。わしも素人に教わるようでは…」と後悔して、完成後に、三階から鋭いノミを口にくわえて飛び降り自殺をしてしいました。
いくつかの本にも載っている民話で、話としては面白いのですが、そんな事実はありません。おそらく、晩酌が過ぎて「飲み」で命を落としたのでしょう。
道成寺では、昭和50年代に境内の発掘調査が行われ、法隆寺を左右逆にした伽藍配置であったことがわかりました。とすれば、法隆寺に今も残る鐘楼の位置を、左右逆にして道成寺にあてはめると、道成寺の初代鐘楼の場所が推定できることになります。そうして割り出された場所には、入相桜(いりあいざくら)という桜の植え込みがありました。この桜は、江戸時代の「紀伊国名所図絵」にも出てくる大木で、三十三本の支柱で支えられ、六間(約10メートル)離れた本堂の縁側まで枝が届き、縁側から桜を和歌に詠んで、短冊を枝につるせた、と記されています。 |
前回の御開帳の時、33年後また一緒に来ようと
友だちと参拝をしました。
平成50年、一緒に来れるのかな?
七不思議6.道成寺の人気
安珍と清姫の伝説に基づく古典芸能を「道成寺物」といい、日本各地の舞台で年間100公演以上が演じられていいます。
中でも「娘道成寺」の人気は高く、日本の舞踊の最高傑作と言われています。もちろん、娘道成寺より格上とされる曲もたくさんあります。しかし、歌舞伎座の閉場式の最後の曲にも娘道成寺が選ばれるなど、大切な節目に必ず演じられる人気曲になっています。
では、なぜそんなに娘道成寺は人気があるのでしょうか?それは、きっと、千手観音様の手が見えないところで働いているのでしょう。
千手観音様は、われわれを、手を変え、品を変え、救って下さる仏様。
安珍と清姫の伝説も、絵巻も、娘道成寺などの道成寺物も、その御手の一つなのでしょう。
我々の悩みは複雑で、御経には出てこないものもあります。
娘道成寺には御経の言葉がたくさんちりばめられていて、舞台に見とれているうちに、おのずと御経の言葉が身にしみ込むようにできています。
道成寺物を見ることは、仏様に手を合わせるのと同じ功徳道成寺物を演ずることは、仏様に御経をあげるのと同じ功徳
娘道成寺という舞踊の名作は、千手観音が我々に差し伸べている御手の一つなのでしょう。
安珍清姫のお話は、地元では何度も聞いて育りました。
でも、今回、この絵巻を聴きたくて
お願いしました。
ギャラリーは僕一人
住職さんを40分独り占めでした
道成寺 安珍清姫絵巻を堪能・・・
清姫のことを「ストーカー」と申される住職に(笑)
そうして、絵巻を見ながらつぎつぎに語られる物語
笑いと語られる意味深い言葉
お話に引きつけられ物語は進んでゆきます
道成寺には魅力がいっぱいでした。
ご詠歌
紀の国や 峰より明けて 日高川 てらすは法の 道成(みちなり)の寺



















































































