今日は最近ふと、
"気付いてしまった"事実について。


私、思えばいつも
誰かの「仲裁」に入ることが多かった。

9人も兄妹がいれば
それはそれは喧嘩なんて当たり前で。
一つにまとめるためにはいつも
話し合いが基本のルールとなっていました。

大体意見は2つに分かれるので、

◯◯はこう思ってるんだね、
◯◯はこういう考えなんだよね、


と双方の意見を聞き合って、

じゃあ、こうするのはどう?

とお互いの中間点を取って
話はまとまる・・・という流れ(笑)

家族は小さな社会、というけれど
我が家の場合はなかなか大きめな社会だったので

役割というか、
縦社会がしっかりできていました。

(目上の人の言うことは絶対!みたいな)
(昔は誰よりも姉が怖かった・・・爆)


そんなやりとりの中で長女は、

「ユウは喧嘩の仲裁が上手いよね」
とか

「双方の意見を聞くのが上手い」
と言って

よく仲裁に入れられたものでした。


高校生の頃、
担任の先生にはなぜかいつもこっそり
クラス委員長を任され、

「萩中、みんなの意見をまとめといてくれ」

と頼まれていたし


バイト先では店長に、

「今、どういう状況になってる?」
「君は状況説明が上手いから」

といつも店舗状況を聞かれていました。


そんな背景があったので、私は

人の意見を聞くのも
二つの意見をまとめるのも

得意なんだと思っていました。



・・・というより正確には

思い込まされていた のです。



それに気付いたのは結婚式の準備中、
幼少期の頃の写真が必要になり
実家に帰っていたときのこと。

幼少期の私の写真がどれも
なんだか恥ずかしそう~に写っていて。

「なんか全部弱そうだね、私・・・」

と言うと母は

「ユウは身体も弱いし、
弱虫だったよ~  笑」と。


そ、そうだった・・・。!

すっかり忘れていたけれど、
私、

恥ずかしがり屋で
割と内気な子だったんだった。


出来れば人前で話したくなかったし
注目されること嫌いだったし
(すぐ顔が赤くなっちゃうの)

人に自分の意見を言うの、
苦手だったな・・・

すっかり忘れていたけれど。(二度目)



あれ?なんで仲裁に入ったんだっけ?

どうして100名の前で
セミナーとかしてるんだっけ?

いつから鬼嫁になったんだっけ・・・? 汗




特に発言するでもなく、
みんなが喧嘩してる横で
一人そっとお絵描きして遊ぶ私に

長女は"仲裁"の役割を与えた。

「あなたが上手だから」と。


割と優等生だった私に先生は
クラス委員長の役割を与えた。

「お前が頼りになるから」と。


ただのアルバイトだった私に店長は
店舗管理の役割を与えた。

「周りをよく見ているから」と。


上記の言葉を聞いた私は、

言われたことを意識して
もっと頑張るようになった


のだと思う。


きっとどれに対しても
特別に秀でた訳ではなかったと思うけど

他者からの言葉が、評価が、
自分の身の丈以上のものだと

そのプレッシャーが
ほどよい緊張感となり、
自分を成長させる

ということを
身をもって知りました。


だから私は、
昔から言葉が上手だったのではなくて

言葉が上手でなければならない環境にいたから
自然とそうなっていった、 ということ。



・・・な~んだ。

それならもっと
「頑張らなくても良い場所」に
いたかったよ~(涙)

という気もしたけれど、


結果、この言語化は私の武器となり
人を愛すときにも
人に愛されるときにも
すごく役立ったので、良しとしよう。

セミナー講師をしていない自分は
もはや考えられないくらい
大好きなお仕事だし、

鬼嫁でない私も
同じくらい考えられないし。  爆


最初は居心地の悪いプレッシャーも、
手にしてしまえば心地よくなる。


自分のことを
等身大より少し大きく評価することって
実はすっごく大切なこと。



もし今、
「こんな自分になりたい」
というイメージがあるのなら。

"そんな自分でなければならない環境"
に身を置いてみるのが近道かも。





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