どれをとっても、楽にたどり着けたものなどなかった。
なんとかかんとか、そのとき、そのときの課題を乗り越えて、ようやくやっとたどり着いた感がある。次はもう少し楽に走りたい。手ごたえのある走りをしたい。そう思って、同じ轍は踏むまいと、次に向けての準備を進めていく。その準備も何か特別なことをするのではなく、日常のほんの少しの延長くらいで収めたい。
そうして積み上げた準備もはたしてうまくいっているのか。走るその日が近づいていくのに比例して、背後にある不安は膨れががっていく。その不安も、スタートの号砲と共に、一旦は弾ける。そして、完遂後から、また日常の中の準備の日々が始まる。「いつも」のことだが、これがなかなか、「いつも」のことにはならない。
こんなことを繰り返して、何年になるのか。
「タイタンってになんすか?うまいんすか?」
「タイタンは、うまくはないかなぁ。」
「じゃ、おもしろいんすか?それ。」
「おもしろくもないかもしれないよ。」
「よくわからないんすけど、すごいんすか?」
「すごいとも言えるし、それほどでもないかもしれないね。」
「じゃ、何です?何でそんなもの手に入れようとしてるんすか?何十年もかけて。」
「タイタンが、そこにあったからかもしれないね。」
「特別な意味があるようようで、特別な意味なんてないのかもしれない。」
「意味が無いほうが、無限の意味を秘めているように思うんだけれども、どうだろう?」